半夏生(はんげしょう)

2013.6.30

きょうは6月30日。今年も半分が過ぎたことになる。
京都の「両足院(りょうそくいん)」というところに半夏生(はんげしょう)という花が咲いていることを聞いたので出かけてみた。

「両足院」は京都の建仁寺(けんにんじ)というお寺の境内にあるという。
私は京都に生まれ育ったのだが建仁寺の境内に足を踏み入れたことがなかった。
祇園(ぎおん)の近くにありながら表通りに面してなくて、行く道順がややこしいのが行くチャンスがなかった原因らしい。
交通整理員がたくさん出て何事かと思わせるJRA(中央競馬会)の場外馬券売り場(ウインズ)の人混みを抜けるとすぐ建仁寺の境内で、雰囲気はガラリと変わる。
建仁寺は『京都最古の禅寺』と書かれてあった。

境内の案内表示に従って「両足院」に入ると、いまが半夏生の見ごろとあってたくさんの人が訪れていた。
池の周りに半夏生が見事に咲いていた・・・ ではなくて、お寺の方の説明によると白いのは花ではなく葉っぱだという。
葉っぱだと聞いて「へぇ~」

半夏生を鑑賞するシルエットの人物は筆者
両足院の書院から半夏生を鑑賞

説明は続く・・・
半夏生の花は、上に1本出てる細い軸に小さなポツポツが付いているのが花です。
でもこれでは地味なので虫が寄ってきてくれません。そこで花が咲くころには、葉っぱも白くなって虫に知らせるのです。
白くなるのは上から3枚だけです。
表面は白くても裏は緑色のままです。
花が終わればまた元の緑色に戻ります。
半夏生は必要最小限のことしかしないので『究極のエコです』・・・と。

池の周りに半夏生が見事
池の周りに半夏生が見事
生れてはじめて見る半夏生だが、これだけ群生してると見ごたえがある

庭に下りて半夏生の葉っぱをひっくり返してみると、説明の通り裏は緑色のままだった。

上から3枚の葉っぱだけ白くなる
上から3枚の葉っぱだけ白くなる

自然の妙だ。

説明は続く・・・
暦の上では夏至から数えて11日目を半夏生といいます。
今年は7月2日です。
花はその頃が見ごろです。と。

きょうは6月30日だから、いまが見ごろだ。ラッキーだった。

書院から半夏生の群生を鑑賞する人々
書院から半夏生の群生を鑑賞する

私にとって「両足院」というのは余り聞いたことのないお寺だったが、説明を聞いていると・・・

室町幕府を開いた足利尊氏が、当時中国(当時は(げん))に渡って40年間も学問をしている日本人僧がいるというのを聞きつけ、日本に帰ってくるよう呼び寄せました。
その人物は「龍山徳見(りゅうざんとっけん)禅師」といいますが、その徳見が京都で創ったお寺がこの「両足院」です。
徳見が日本に帰国するとき、徳見を慕って一緒に日本にやってきたのが林浄因(りんじょういん)という僧で、彼は中に(あん)を詰めた食べ物 「お饅頭(まんじゅう)」 を日本に伝えました。
従って 「両足院」 は<饅頭発祥の寺>としても有名です。
いまでは<半夏生の寺>の方が有名になりましたが・・・ とのこと。

その話を聞いて「へぇ~」

その子孫が三河(いまの愛知県中部)で起こしたのが「塩瀬(しおぜ)」家で、幕府が江戸に移ったのを機に一緒に江戸に移り、江戸でお饅頭屋さんを営んだのが、現在築地市場の向かいにある「塩瀬総本家」で、明治になってからは宮内省御用達となっています。・・・ と。

またも「へぇ~」

さらに説明が続く。
今年のNHK大河ドラマの新島八重さんはクリスチャンですが、晩年はこの「両足院」のお坊さんと親交を深め、毎月「両足院」に来ては説法を聞きました。世間から「キリスト教から仏教(禅宗)に改宗した」と非難されても八重さんは「他の宗教の話を聞いて何が悪い」と相手にしませんでした。
『ほら、そこにかかっている軸は八重さん直筆の書です』・・・ と。

うん、確かに掛軸がかかっている。「へぇ~」

さらに説明が続く。
来年のNHK大河ドラマは軍師黒田官兵衛ですが、「両足院」は黒田官兵衛ともゆかりがあります。
黒田官兵衛は毘沙門天に帰依していました。
息子の黒田長政は関ヶ原の合戦の折、毘沙門天像(高さ2寸余)を兜の中に忍ばせて出陣して大活躍し、東軍を勝利に導きました。
黒田長政の功績が認められ、中津藩主12万5千石から福岡藩主52万3千石に出世しました。
その毘沙門天像が祀られているのが「両足院」の隣にある毘沙門天堂です。
お帰りの際、お参りください・・・。 と。

またも「へぇ~」

毘沙門天堂
毘沙門天堂

今年も来年も大河ドラマに縁があるとのこと。

説明員の方に「このお寺は説明するネタがいっぱいあり過ぎますね」と声を掛けたら、『余り話すと飽きられるので簡単にしてます』とのこと。
聞いてる方としては「へぇ~」「へぇ~」の連続だったが。

「両足院」を出て建仁寺の境内の境内に出ると『茶碑』と書いた大きな石碑があった。
見ると、建仁寺を開いた栄西(ようさい)禅師が中国からお茶の種を持ち帰って来て日本で広めたのを記念する、と書かれている。
またも「へぇ~」。

境内にある池の周りでは近所の子供たちが糸の先にスルメをぶらさげザリガニ取りに走り回っていた。
京都最古の禅寺も子供たちにとっては恰好の「遊び場」だ。

2013.6.30













史跡の再活用

2013.6.29

京都・鴨川に沿って高瀬川(たかせがわ)がある。
高瀬川は江戸時代の初め頃に開削された運河で、車のなかった当時は物資の運搬や人の往来に使われたものだ。
日本は不思議と「馬車」が発達しなかった国で、とくに物資の運搬は水運に頼っていた。

大坂から淀川を遡ってきた船が高瀬川を経由して京の都に着いた最終点「船入(ふないり)」(荷物のあげおろしをする“港”)がいまも残っている。
高瀬川一之船入(たかせがわいちのふないり)」という。

私は京都に生まれ育ったし、この「高瀬川一之船入」とかいうところがあるとは何度も聞いていた。
しかし 実際に見るのは生まれて初めてだ。

きょう、家内の友人が我々夫婦をお茶に誘っていただいた。
その “カフェー” がなんと、その「高瀬川一之船入」の遺跡を利用して水辺にあるのだった。
話には聞いていた歴史上の遺跡を目の当たりにして感激し、その史跡がうまく活用されているのを見て驚いた。


2013.6.29

向う(背景)は“布団着て寝たる姿”の東山の稜線。
その手前の、見様によっては人の顔みたいに見えるレンガ造りのビルが目障りだが、まあ仕方がない。

きょうの京都は最高気温が30℃を超える暑さだったが、水面(みなも)を渡る風は爽やかで心地よかった。

いま私の立っているまさにここで、江戸時代には物資のあげおろしで賑わったことだろう。
森鴎外の有名な高瀬舟の主人公もここで乗船させられたのかもわからない。
いまはそんな歴史のさまざまな動きを忘れたかのように、“カフェー” では時間がゆったりと過ぎて行くのだった。

2013.6.29











ミカンの花咲く丘

2013.6.27

けさ早く近くの公園を散歩していたらハーモニカで童謡(?小学唱歌?)の 「ミカンの花咲く丘」 のメロディーが聞こえてきた。
気持ちの安らぐメロディーだ。
とにかく8分の6拍子の曲は耳になじみやすいが、とくにこの 「ミカンの花咲く丘」 は美しく、私の iPod にも入れている位、私も好きな曲だ。

近づいていくと初老の男性が藤棚の下のベンチでひとりでハーモニカを吹いているのだった。
「うまいですね~」 と声を掛けたら 「いやいや」 と謙遜してはにかまれた。
聞いてみると小学校のときに親にハーモニカを買ってもらってしばらく吹いていたが大人になって全然吹かなかった。
定年になってからまたやり始めたとのこと。


さらに聞いてみると、別のところで (京都の堀川丸太町というところのベンチだという) この曲を吹いていたら年老いた女性が来て涙を流されて驚いたという。
「何か (この曲に) 思い出があったんでしょうね~」 とその男性は言っていたが、ハーモニカの吹き方に感情がこもっていたのかもわからない。

童謡(?小学唱歌?)っていいもんだ。
いまの子たちは昔の童謡って歌わないのかなぁ。

朝 「ミカンの花咲く丘」 を聞いた私はきょう一日気持ちがよかった。

2013.6.27







水無月(みなづき)

2013.6.24

いま私の住んでいる京都では、6月になると和菓子屋さん(お餅屋さん)の店先に水無月(みなづき)という和菓子がならぶ。
6月だけの期間限定だ。

これが6月にだけしか食べられない水無月(みなづき)だ
水無月(みなづき)


水無月を賞味するの図きのう家内が外に出たとき近所のお店で水無月を買ってきた。
家内は四国の生まれなので、水無月は知らなかったという。(もちろん今は知っている。)
私は京都生まれなのでもちろん知ってはいるが45年ほど京都にいなかったので、あまり食べるチャンスがなかった。

土台は外郎(ういろう)で、上に甘く炊いた小豆(あずき)が載っている。
伝統の手法で作った昔からあるお菓子だから、ことさら “ほっぺたがおちる” 程おいしいものではないが、そのあっさりした、それでいて小豆の甘さが なつかしい、ちょっとおいしいものだ。

きょう、お昼に渋いお茶と一緒にいただいた。
日本人にうまれてよかったと思うひとときだ。

水無月の由緒が書かれている 左は、水無月についていた由緒書き。

画面をクリックすると別の大きな画面が現れ、由緒書きの文字が読み易いです。

近所の別のお餅屋さんは土台の外郎を黒糖で味付けした黒い水無月を作っていて、それはそれでおいしい。

2013.6.24











ユニークな座席配置

2013.6.21

きょうは仕事で神戸に行った。
行先は神戸の東のターミナル駅三宮(さんのみや)の手前、阪神電車岩屋駅・JR灘駅の近くにある会社。
その会社は阪神電車岩屋駅の方がやや近いのだが、行きは京都から乗り換えなしで所要時間が短いJRを利用した。
帰りは京都まで時間はかかるものの(終点の大阪梅田で乗り換えないといけない)駅は近い岩屋駅から阪神電車で帰った。
岩屋駅は各停しか止まらないのでそれに乗り、途中の御影というところから特急(といっても大阪梅田まで結構止まる)に乗り換えた。

乗ってみて驚いた。
片側の座席は2列だがもう片側は1列なのだ。


2013.6.21

日本人は隣に見知らぬ人が座られるのを嫌がる。
長いベンチ型のシートだと、空いてたら必ず端っこに座る習性がある。
1列シートだと隣に人が座られる心配がない。
(しかも窓の外の景色も見られる)
こりゃ〜乗客にとってみればありがたい。

しかもこうすることで立ち席のスペースも増えるので、定員数が増える。
うまいこと考えたもんだ。

2人掛けの場合、窓際に座ると景色は見えていいけど、立つとき隣の人の前をすり抜けるのが厄介だ。
見ていたら、1列シートの席が空いた瞬間、2列シートのお客がすばやく1列シートに移っていた。
やはり1列シートは居心地(座り心地)がいいんだろう。

私が知ってる限り、こんな座席配置の車両は初めてだ。
阪神電車は滅多(めった)に利用しない線なので知らなかった。
驚くと同時に、このような設計に感心した。

2013.6.21

---------------------------------------

追記 2014.4.13

上記で珍しい座席配置の車両の『発見』と書いたが、きょう京阪電車の特急に乗ったら、上記の阪神電車と同じ<2列+1列>だった。

keihan350.jpg
2014.4.13

な~んだ、鬼の首を取ったような書き方をしたけど、そんなに珍しくはないんだ。
京阪電車も滅多(めった)に利用しない線なので知らなかっただけだった。
浅学の恥をさらしたような気持になった。

2014.4.13











欲 まる出し

2013.6.16

『きょうのわたし』 は京都市の郊外にある三室戸寺(みむろどじ)へあじさい見物。

去年秋に京都に引っ越してきたが、京都では三室戸寺があじさいの寺として有名らしく、よく宣伝している。
あじさいが見ごろかなと思って出かけた。
普通、京都のお寺の境内に入るときは 「拝観料」だがこのお寺は 「入山料」 だった。

「入山料」 を払うところで聞いてみたら 「もう見ごろに近いですよ」 とのことだった。
中に入ってみると確かによく咲いている。

あじさいの名所というだけのことはある

あじさいは観賞用にいろんな品種が作られているようだ。
境内には多種多彩なあじさいが一面に咲いており、ひとつひとつ見ていっても興味はつきない。
宣伝するだけのことはある。
お寺の境内に入って石段を登り切るとまず迎えてくれるのが顔は 寿老人(じゅろうじん)(?) で体は蛇(?)が とぐろ を巻いているという奇妙な石の彫刻。
※ このブログを書いたあとで分かったのだが、この彫刻は 寿老人 ではなく 宇賀神(うがじん) さんという神さんなんだそうだ。

顔は寿老人(?)で体は蛇(?)

見れば彫刻の前に 「耳をさわれば福がくる」 「髭を撫でると健康長寿」 「しっぽをさすれば金運がつく」 との張り紙。
それにつられへみんな耳にさわったりしっぽをさすったり ・・・

現世利益丸出し

ほほえましい風景だとぼんやり眺めていたら、あとから来た若い男性が自分の子供 (見たところ小学校低学年の男の子) に 「わぁ、(よく)まるだしや!」 といって子供に見せないようにしているのを見てびっくりした。
でもよく考えたら 「しっぽをさすれば金運がつく」 なんてのは教育上よくないのかもわからない。
そうだとすれば、その父親は良い教育者だ。
感心した。

更に進んでいくと行列があった。
なんだなんだとみてみると 「福徳(うさぎ)」 と銘打ったウサギの彫刻で、「この中にある玉子を立てると足腰が健康になる」 という張り紙があった。
そのために行列ができていたのだ。

ここにもあった
玉子を立てる人の列

やり終わった人に聞いてみたら、大きな玉にある穴に手をつっこむと、中にニワトリの玉子より少し大きい石(?)の玉子が置いてあり、立てるのは別に難しいことではなく、誰にでも簡単にできるという。
手をつっこんだらすでに立っていることもあるらしい。
ウサギはピョンピョン跳ねるので、その連想で「足腰が健康になる」としたのだろう。
ほほえましくて苦笑した。
手前の黒い金属製の箱はお賽銭箱。

日本人は神様にお願いするものだが、このお寺は現世のご利益をかなえてくれるらしい。
信仰の寺というより 「観光寺院」 だなと思った。

そういえば、あじさいの咲く斜面の川を挟んで反対側の斜面は手入れの行き届いたツツジの株がいっぱいで (もちろん今は花は咲いてない)、このお寺は 「ツツジ」 の名所でもあるとのこと。
さらに秋は 「紅葉(もみじ)」 の名所だとのこと。

なるほど信仰の寺でなく 「観光寺院」 だ。
そういった “経営” も現世的で、このお寺にさっきの石の彫刻が置かれた意味もわかってきた。
笑えない現実だ。

2013.6.16










オープンエア遊歩道

2013.6.13

きょうは仕事で東京へ行った。

着いたのが新幹線の一番東の(一番八重洲寄りの)ホームだった関係で、ホームの向う側、すなわち八重洲口の外側から見たら東京駅の壁面に当るところに、大きな“傘”のような屋根が出来つつあるのを()の当たりにしてびっくりした。
思わずカメラを取り出してパシャ。
左右に幅広いのであとで継ぎ足して“広角写真”にしたのが下の写真。

東海道新幹線東京駅18・19番線ホーム、南から北~東方面を見たところ
東海道新幹線東京駅18・19番線ホームで

ときどきは東京に来るものの、ときには品川で乗り継いだり、或いは東京始発でも夜だったり、こちら側のホームでなかったり、また仮にこちら側のホームでも八重洲側に列車が停まっていたり・・・となかなかチャンスに恵まれず、この大きな“傘”のような屋根のことは知らなかった。(気づかなかった。)
考えてみたら八重洲側を見通せるチャンスは、上記のようになかなかないことが分かった。ということは、きょうはホントにラッキーだったんだ。

いま八重洲口は大改造中だとは充分知っていたが、この“傘”のような屋根はどんなものに仕上がるのだろうと興味深々だった。

そこでウチに戻ってからインターネットで探してみたらJR東日本のウェブサイトに完成想像図が出ていた。

完成想像図
JR東日本のウェブサイトからコピー

吹きっさらしの(要するにオープンエアの)遊歩道を駅舎の2階部分に沿って作り、その上をこの“傘”のような屋根で覆うのだそうだ。
ほほう、なかなか奇抜なアイデアだ。
ただし、オープンエアなのでエアコンは効かない。
夏の暑いときは汗をふきふき、冬の寒いときはコートの襟をたてて歩くことになるだろう。
それも悪くない。
年中エアコンの中では季節の変化が分からず、人間ダメになる。

ちなみに、この工事を施工するJVの1社、三井不動産のウェブサイトを見てみると、デザイン・設計は「マーフィ/ヤーン・インク」という外国のオフィスで、『ガラスを用いた透明感のある空間表現を得意とする建築家』との注釈が載っていた。
なるほど。それでこのオープンエアのデザインになったんだ。
でも、このデザインオフィスを起用した施主はもっとエライ。

2013.6.13







筆者のプロフィール ↓

shochan31

Author:shochan31
名前が しょうじ なので障子が背景となっている。ペンネームはアルファベットで shochan(しょうじの愛称)だが数字 31 の由来は不明だ。

最近書いた記事 ↓
月別アーカイブ ↓
このブログ内を検索できます ↓
管理者専用 ↓