向きを変える神さん

2013.12.31

わが国には 「恵方(えほう)」 というコンセプトがある。
要するに縁起のいい方角のことで、その方角(恵方の方角)は毎年変わる。
「恵方」 というコトバは、最近、節分の日に巻きずしを 恵方 の方に向かって黙って丸かぶりすると その1年間は福が訪れる(災難がない)という行事(?)がやかましく言われるようになったので、なじみ深いコトバになっている。

京都に 神泉苑(しんせんえん) というところがあり、その境内に、毎年恵方の方角に向きを変える神社があると聞いていた。
私の出た高校の近くにありながら一度も行ったことがなかった。
きょう家内と外出したついでに、どんな神社なのか見に行ってきた。

(やしろ)の下に車輪でもついていて、クルクル廻せるようになっているのかと思っていたが、実際は【下の写真】のように、石でできた丸い台の上にお社が鎮座しており、持ち上げて廻す仕掛けらしかった。
思ったより小ぶりのお社なので(暴風雨なら飛ばされそう?)、数人でヨイショと持ち上げたら簡単に方角を変えられそうだった。

神社にお参り
2013.12.31 13:40 PM

きょう私たちがお参りに行ったときは、お(やしろ)は東南方向を背にして鎮座されていた。
今年(2013年)の恵方は(ひのえ)だそうで、正確には(みなみ)微東(びとう)だそうだ。
だから私は北西の方から東南方向に向かって参拝した。

きょうは大晦日(おおみそか)で、あしたから年が改まるので、お(やしろ)の方角は 今晩 変えられるらしい。
※ 年は、伝統的には太陰暦つまりは節分に変わるので、恵方もそれに従って変わるのではないかと思う。だから太陽暦で年が改まるというのもおかしいが、まあ余り固いことは言わないでおこう。

しかしとにかく、恵方に従って向きを変える神社は非常に珍しいと思う。
こういった風変りなモノがあるのも京都の“魅力”(?)と言えそうだ。

2013.12.31
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追記 2014.1.1
新年になったので、神社のお(やしろ)の向きが変わっているかどうか神泉苑(しんせんえん)に確かめに行ってきた。(モノズキやなぁー)

確かに神社の方角が変わっていた
2014.1.1 13:05 PM

日本で唯一の恵方社今年(2014年、平成26年)の恵方は寅卯(とらう)、すなわち東北東の方角だそうだ。
見ると、確かにお(やしろ)の位置は東北東を背にするように変えられていた。

きのうの写真(上記)と見比べてほしい。

【写真右】 は お社の前にある説明板。

2014.1.1














ゼッケンは死語に?

2013.12.22

家内はマラソンや駅伝のテレビ観戦が好きだ。
けさも駅伝のテレビ中継(NHK)を見ていた。

私も脇からちょっとみると、NHKアナウンサーがしきりに「ナンバーカード」と言っていてとても気になった。

どうやら「ゼッケン」のことを言っているらしかった。
家内に、いつからゼッケンのことをナンバーカードというようになったのか聞いても「知らん」という。
そんな(呼び名の)ことに関心がないらしく、選手の走りに声援を送っていた・・・


2013.12.22

そこで気になったのでインターネットで調べてみたら、もう10年ほど前から「ナンバーカード」と呼ぶようになったという。
10年間もつんぼ桟敷に置かれていたことになる。
ショックだ。

それにしても「ゼッケン」という個性的な呼び名があるのに、なんで味気ない「ナンバーカード」に変わったのか。

私は常日ごろから、名詞は ① 他と区別でき ② 簡潔なのがよい。と主張している。
何だこの「ナンバーカード」は !

番号の振ってあるカードならなんでも「ナンバーカード」じゃないか。
マラソンや駅伝の選手が胸に付ける番号布とは限らないじゃないか。
まぎらわしい。
それに「ゼッケン」は4文字だが「ナンバーカード」は7文字と長ったらしい。
しかし、日本陸上競技連盟がそう決めたらしい。

言葉は生き物で時代とともに変わる、のは承知している。

「ゼッケン」は日本独特の表現で国際的に通用しないから、というのが変更の理由らしいが、おかしな理由だ。
それを言うなら、国際的に通用しない日本独特の表現は他にもいっぱいあるだろ。
百歩譲って、日本語が国際的に通用しないから英語にする、というのもよかろう。
しかし「ゼッケン」だけ変えてどうするんか。
まぁ長いものには巻かれろ、権威(日本陸上競技連盟)の仰るとおり従わざるを得ない・・・

インターネットのサイトには『やがて「ゼッケン」は死語になるでしょう』という意見もあった。
まぁそのうちに私も死ぬけど・・・
その(あと)のことはワシャ知らん。

2013.12.22





関西弁を東京で聞く

2013.12.19

きょう、京都から仕事で東京へ行った。
お昼前に新幹線で東京に着いたので、なにか食事でも・・・ と思って駅構内を歩いていたら「きつねうどん」の店があった。
きつねうどんは私の好物なので入ってみた。

讃岐うどんに大きなお揚げと九条ネギと蒲鉾のきつねうどん 天かすつき 代880円也


席についておうどんが出てくるのを待っていると、店でレジをしながら入ってくるお客さんをさばいている30歳位の男性が「おおきに、ありがとうございます」を連発している。
「おおきに」は関西弁だが、私の住んでいる京都でもいまではほとんど聞かれなくなったコトバだ。
思いもかけず東京で聞いたので感激した。

そこで、その男性にきいてみると、
「大阪出身なので・・・」
「今年の5月に大阪から東京に出店しました」
とのこと。

なるほど「難波 千日前 釜たけうどん」と書いてある。(難波 千日前 は大阪の繁華街の地名)
さらにその男性に
「関西でも最近はほとんど聞かれませんよ」と言ったら
「うーん、(“おおきに”と言うのが)恥ずかしいんですかねぇ」と笑って答えた。

レジで支払いを済ませたときにその男性に「“おおきに”はこれからも使い続けてネ」と言ったら笑ってうなづいてくれた。
おおきに、ありがとうございました」の声に送られて店をあとにした。
東京で関西弁が聞けてうれしかった。

釜たけうどん 東京八重洲北口店
「難波 千日前 釜たけうどん」 東京八重洲北口 キッチンストリート 1F

店を出たら正午を過ぎていたので列ができていた。 

2013.12.19












忠臣蔵 感激の場面

2013.12.14

きょうは12月14日、言わずと知れた“討ち入り”の日だ。

忠臣蔵といえば江戸や播州赤穂(あこう)が舞台だが、どうしても京都を外すわけにはいかない。
大石内蔵助(くらのすけ)が京都郊外の山科(やましな)(現在は京都市山科区)に隠棲していた、京都の遊里で放蕩しているように振る舞ったとか、ゆかりは多い。

きょうは、その山科で行われる『山科義士まつり』を見に行った。

四十七士に扮する義士の列のほか遥泉(ようぜい)院(浅野内匠頭(たくみのかみ)の正室 )などの婦人列、かわいい幼稚園児の義士列、あでやかな舞踊列も加わり、山科の地を約6キロもの長距離を行進する大規模なものだった。

義士表門隊の列
義士隊列

行列に先回りして、大石内蔵助の住まいの旧地にも足を延ばした。
その地は、いまは岩屋寺(いわやじ)というお寺の境内になっていた。

「右 大石良雄 山科 閑居址」碑
岩屋寺境内に立つ「右 大石良雄 山科 閑居址」碑

奉納 義士演芸まつり のプログラムさきほどの『山科義士まつり』の行列は、この岩屋寺にまでやってきて、最後はこのお寺に隣接する大石神社まで行く。

行列がやってくるまでまだ時間があったので、岩屋寺で振る舞われた温かい甘酒をいただいき、『奉納 義士演芸まつり』()で浪曲を聞いた。

演者は現役最古参という 98 歳の浪曲師 天龍三郎さんで、演目は「大石東下(あずまくだ)り」。

大石は、京都の天皇から江戸幕府へ勅書を届ける役目の「垣見左内」という人物の名を(かた)っての東下り。
難所の箱根も無事越え、あすはいよいよ江戸 - という日の神奈川宿(現在の横浜市神奈川区)でのできごと。
本陣の門に「垣見左内様御宿」とあるのを見た宿場の役人が、同じ宿場の別の本陣にも「垣見左内様御宿」とあるのを不審に思ったのがきっかけで、二人の垣見左内が対面することになった。
本当の垣見左内は天皇の勅書を見せて我こそ本人だと主張。
一方のニセの垣見左内(大石内蔵助)は窮地に陥り、仕方なく血判状を見せる。
それを見た本当の垣見左内は即座にすべてを悟り、勅書までも大石に渡し、義挙の本懐を遂げさせる


という名場面だ。
天龍三郎さんは「こういったハナシが忠臣蔵には 750 もある」と語っておられたが、この場面は忠臣蔵の数あるハナシの中でも最も感激する場面のひとつだ。
映画(やドラマ)などでは涙なしには見られない。

この話を 98 歳という高齢の天龍三郎さんは寒い中、結構な薄着で1時間10分も熱演された。
その体力に驚くと同時に、暖房してあげるとかも少しなんとかならなかったかと心が痛んだ。
(あとで調べたらきょうの京都は昼間でも最高気温 8.9℃ という冷え込みだった)

天龍三郎さんの熱演
天龍三郎さん演じる 大石東下り

岩屋寺は浪曲と深い縁故があるらしいことをあとで知った。

桃中軒雲右衛門(くもえもん)という浪曲師が 忠臣蔵義士命名伝 を完成させ、明治40年にこの忠臣蔵ゆかりの岩屋寺に石灯籠を寄進した。
そしたらその3か月後に 忠臣蔵義士命名伝 が大ヒットして一世を風靡し、“浪曲中興の祖”といわれるようになったという。
また、隣接する大石神社はいまから約80年ほど前に創建された新しい神社だが、当時(昭和初期)の関西浪曲界の大スター 二代目吉田奈良丸という人がこの創建に尽力されたという。
面白い因縁だと思った。

2013.12.14









浅学を恥じる

2013.12.12

けさの新聞は 性転換した男性の血縁のない子にも父と認定したという、かなり複雑な親子関係に関する最高裁の判断をトップ記事で報じていた。
仕事とはいえ、裁判官はこんな難しい問題にも判断を下さないといけない大変な仕事だなと改めて思った。
また、新聞記者や編集者も難しい問題を咀嚼して読者に分かり易く書かねばならぬので難しい仕事だなと思った。

記事を読み進めていくと原告の男性は兵庫県宍粟市に住むという。
え えっ !?  「宍粟市」 ??


© 2013 京都新聞 2013.12.12 朝刊1面

私は小学校の頃から「地理」は得意で、密かに自信を持っていたが この(市の)名前は(私にとって)初めてで、ホントに兵庫県にそんな市があるんだろうかといぶかしく思った。
また一体なんと読んだら(呼んだら)いいのか まったく想像もつかなかった。

さっそく調べてみたら兵庫県の西の方、鳥取県・岡山県寄りにあるではないか。
しかも面積は兵庫県にある29の都市の中で2番目の広さを誇るいう。
読み(呼び)方は「しそうし」だそうだ。
市になる前は宍粟(しそう)郡だったそうだ。

自らの浅学に恥じいった次第である。(兵庫県は私の住む京都のお隣さんなのに・・・)
「地理」が得意といってもタカが知れているレベルだと思い知らされた。

ついでに、この宍粟(しそう)市になにか観光名所でもあるか調べてみたら、山崎城跡、波賀城跡などの史跡があるようだが、いずれも聞いたことないお城だ。
またも浅学を恥じる !!

宍粟(しそう)市はひょっとして、日本で最も知られていない「市」ナンバーワンか !? と思った。
宍粟(しそう)市の皆さんには申し訳ありませんが・・・)

『宍粟』の読み方だが、「宍」を「し」と読むのはかなり苦しい。
「宍道湖」の「しん」だし、「宍戸 錠」の「しし」だ。
「粟」は恐らく 国字(日本で作られた漢字)だから「あわ」という訓読みはあっても(ソウという)音読みはないはずだが・・・。
でも覚えなくちゃ。高齢の私に覚えられるかナ?

でもひとつ勉強になった。
きょうのわたしでした。

2013.12.12














ころばん塾

2013.12.10

いまのところとくに深刻な持病はない私だが、高齢者はこけて介護が必要になることがあるという。

私の住んでいる上京(かみぎょう)区では「地域介護予防推進センター」を設けて、私のような高齢者を対象にした各種教室を開いてくれている。

各種教室の中には、こけないように運動器の機能向上をめざす『ころばん塾』もある。
毎週1回1時間、廃校となった近所の小学校で一緒に運動し、自宅に帰っても運動の習慣をつけようというもの。
私もその『ころばん塾』参加していて、きょうも行ってきた。

『ころばん塾』の運動のなかでは、脚を伸ばして腰を折る(左の写真)が苦手だ。
家内は体が柔らかく、上体をよく前に曲げることができるが、私は「もっと ! 」と言われてもこれが限度だ。ほとんど曲がってない。(泣)


一方、足先を膝に乗せくるぶしをクルクル回すのは得意で(右の写真)、手で回さなくでも足の筋肉だけでよく回せる。
教室の中でも抜群だと思う。

人には得手(えて)不得手があるもんだ。

健康維持にウォーキングはいいと言われているがなかなか実行できていないのが私の現実だ。
こういう運動を日常から習慣づけて、こけないようにしたいものだ。
(といっても、時々 けつまづいて こけそうになることがあるが・・・)

2013.12.10





後絶たぬ戸外喫煙

2013.12.8

きょう 『京都検定』 という試験を受けた。
「漢字検定」とか「色彩検定」とか検定ばやりだが、これは京都の歴史や文化のウンチク度を検定するというもの。
   【⇒ こちら をクリックすると別の画面で開きます。】
試験は京都市内にあるR大学の教室を借りて行われた。

私はR大学のキャンパスに入るのは初めてだ。
広大なキャンパスに校舎が配置され緑の植栽も多く、きれいに整備されていた。

(つや)消し なのが 「キャンパス・路上周辺 全面禁煙 受動喫煙・たばこのポイ捨ては迷惑です」 の(のぼり)だ。
これでもかと言わんばかりに林立している。

無粋な幟のあるキャンパス
無粋な幟(のぼり)が林立するキャンパス

ということは、(教室内の禁煙は守られているが) キャンパス・路上周辺では喫煙する学生が後を絶たない、ということの証拠だろう。

なんとも気になる。
せっかくの景観が台無しだ。
学生に交付する「学生手帳」に書くとか、掲示板に掲示するとか、入学時に申し渡すとかできなかったのか。

いま日本人の喫煙率は 20% 程度らしいが、戸外における若い人の喫煙率が増えているのだろうか。
若い女性がふかしながら歩いているのを見かけることがある。
カッコよさからかも知れない。
害の多いタバコだからやめてほしいが、こんなヒステリックに幟を出さないといけないとは情けない。

私のような年代は、みんなタバコを吸っていた昔が懐かしいこともあるが・・・

映画ではタバコも大切な小道具だった
半世紀前、1962年の映画「007は殺しの番号」から

かくいう私も当時21歳で、私もお酒の席などではタバコを吸っていたのだった。

2013.12.8


















大根焚きが出てラッキー

2013.12.8

私は京都市上京(かみぎょう)区に住んでいるが、同じ区内に千本釈迦堂というお寺があり、12月に大根焚きという行事があることは聞いていたが、これまで一度も行ったことがなかった。

けさの新聞に大根焚きの記事が写真入りで大きく出ていた。
京都新聞
「京都新聞」 203.12.8 p.1

あつあつの大根をいただくと1年間無病息災で過ごせるという。
大根焚きはきょうも行われるというので行くことにした。

千本釈迦堂は表通りに面していなくて、周囲を民家に取り囲まれているので、目立たない存在だ。
だから近くに住んでいながら一度も行ったことがなかったのだ。

千本釈迦堂の本堂は京都市内(いわゆる洛中)で最古の木造建築だという。
市内は応仁の乱や大火で何度も焼かれていて古い建物は残ってないというが、この建物はそれらの災難にも耐えて今に伝わる13世紀の建物だという。

朝は少し時雨(しぐれ)れたが、境内は老若男女で賑わっていた。

大根は厚さ 3cm ほどもあったが中までダシがしみ込んでおいしかった。

いただく


ところできょうは 『京都検定』 を受けた。
「漢字検定」 とか 「色彩検定」 とか検定ばやりだが、これは京都の歴史や文化のウンチク度を検定するというもので、1級から3級まである。
3級が一番やさしい。
私はいきなり2級に挑戦した。

ま、私も京都市民のはしくれでちょっとは知識もあると思うので運試しに受けてみようという気になったのだ。
だから事前にはたいして勉強していなかったが、ここ2~3日はやっぱり心配になり、過去に出題された問題集をペラペラめくったりした。

千本釈迦堂で大根焚きをいただいたあとバスで会場にやってきた。

いざ検定会場へ
いざ検定会場へ (立命館大学 衣笠キャンパス 明学館 94号教室)

こちらも老若男女だが、さきほどの大根焚きイベントとはかなり雰囲気が違う。
かなり知恵を詰め込んだようなカシコそうな人も見かける。
大根をいただくのと試験を受けるのとでは顔つきまで変わるのだろうか。

問題は100問。4択形式。制限時間90分だ。
・・・ すると第70問にズバリ大根焚きが出題されていた。
超ラッキー !!

第70問にズバリ大根焚きが出た
出題 第70問

でもラッキーだったり、問題が簡単だったりしたのは少数で、あとは結構難しかった。
70 問正解で2級合格だが、事前勉強しなかったのがたたって、自分では 60 点くらい取れたかなという感じだった。
もしそうだとしたら、落第だ。
自分ではある程度京都のことを知っているつもりでも、いざこうして試験されると知らないこと(あるいはうろ覚えのこと)が意外に多いと痛感したことだった。

2013.12.8










キツネとタヌキの化かしあい

2013.12.2

きょう仕事で東京へ行った。
お昼時になったので、午後の訪問先の近くで食事にした。

おそばやさんの店先に「ばかしそば」というサンプルが出ていた。
おおきなお揚げが乗っている。
私はお揚げの乗った「きつねうどん(またはそば)」が好きなのでのれんをくぐった。

bakashi_soba780.jpg

相席になった向かいの人に『なんで ばかしそば っていうんですかね』と声をかけたら
『こっちのお揚げが きつねで、(天かすを指して)こっちが たぬき、お互い 化かしあいするんじゃないですか』と笑って説明してくれた。
なるほど、そういうことか。

尤も私の住んでいる京都では「たぬき」と言えばきつねのあんかけだけど。
でも埼玉に36年住んだから天かすをたぬきと言うのも違和感はないけど。

でも「化かし」そばと言うのは知らなかった。
面白い発想だと思った。

2013.12.2






八重洲口のランドマーク

2013.12.2

きょうも所用で東京へ行った。
訪問先はJR東京駅八重洲南口にこのほど出来上がったグラントウキョウサウスタワー。

実は 6月に東京駅八重洲口にオープンエアのデッキを作っているのを偶然見たことがあった。
【そのときのことは ⇒ こちら をクリックすると別の画面で開きます。】
どんなデッキができるんだろうと期待していた。
あれから半年。
オープンエアのデッキがもう出来上がっていてグラントウキョウサウスタワーとつながっているみたいだったから早速上ってみた。

グランルーフに登って喜ぶ筆者
早速上ってみた筆者

グランルーフというらしい。
グランはフランス語でルーフは英語。固有名詞だからまぁいいかっ。
案内図にはペデストリアンデッキ(歩行者用デッキ)とあった。
意外にサッパリしていたが、よく考えたら要するに通路だから余計なものはなくていいんだ、と自ら納得した。

感心したのはデッキの下、地上階に新装なった「高速バスのりば」だ。

新装なった高速バスのりば
新装なった高速バスのりば

実は私は東京からときどき深夜の高速バス(ドリーム号)で京都に帰る機会があるが、これまではみじめな感じのバスのりばで、グランルーフ工事中はさらにみじめだった。
待合所も狭く、発車までの時間はその辺に立ち尽くすしかしようがなかった。
これでキレーになってよかった。

でもきょうは高速バスじゃなくて新幹線で日帰りした。

2013.12.2











やっぱりカメラは日本メーカー

2013.12.1

きょうは京都の西の郊外にある天龍寺の塔頭(たっちゅう)宝巌院(ほうごんいん)というところに紅葉(もみじ)狩りに出かけた。
京都に住んでいながらそんなお寺(庭園)は知らなかった。
家内がテレビで見て、庭園のもみじがきれいだというので出かけた次第。

天龍寺庭園に入る列

天龍寺は何度も行ったことがあるが、行ってみたら庭園を見るのに長い行列で驚いた。
宝巌院は行列というほどではなかったが、結構混んでいた。

宝巌院の入口

もみじの見どころは、宝巌院横の「もみじのトンネル」と「獅子吼(ししく)の庭」と呼ばれる宝巌院の庭園だ。
これ は獅子吼の庭だが、大した混みようだ。
もみじは結構紅葉していて見ごろだった。
今年の紅葉もきょうが見納めというところか。

いまはスマートホンのカメラとデジタルカメラが大流行(おおはやり)で、気軽に撮り、すぐ結果が見られ、気に入らなければすぐ消せる・・・ 便利な世の中になったもんだ。
一眼レフで紅葉を撮っているひとに「うまく撮れましたか」と声をかけたら「ほら」といって「これはフイルムカメラです」と申し訳なさそうにカメラの後ろを見せてくれた。
いまどき珍しいですね、と言ったら笑っていた。

宝巌院、獅子吼の庭

帰りの電車(京福電鉄 嵐山線)に乗ったらみんないいカメラを持っている団体に出くわした。
話し言葉から韓国人とわかった。
右の二人はキヤノンのEOS。その左はソニーのα(アルファー)
みんな日本メーカー。
いま電子製品で世界を席巻する韓国だが、カメラはまだ日本の独壇場のようだ。

韓国からの団体さん 向う側は女性だがこちら側の座席には同じ団体の男性で、もっと立派なカメラ(キヤノン製)を持っていた
韓国からの団体さん
向う側は女性だがこちら側の座席には同じ団体の男性で
もっと立派なカメラ(キヤノン製)を持っていた

※ ちなみに私は11年前にミノルタの一眼レフ(銀塩フイルム式、α-707)を売り払い、いまはコンパクトデジカメに甘んじている。
olympus_tg2.jpgデジタル一眼レフでいい写真を撮りたい気分はかなり強いが、小型軽量の魅力には勝てない。
メーカーはニコン Coolpix とオリンパス TG-2。家内はソニー Cyber-shot。
オリンパス TG-2
撮るときもレンズがせり出さない。

2013.12.1










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shochan31

Author:shochan31
名前が しょうじ なので障子が背景となっている。ペンネームはアルファベットで shochan(しょうじの愛称)だが数字 31 の由来は不明だ。

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