キープ クリーン

2014.2.23

ウチの前はバス通りで横断歩道がある。
近くにはスーパー、衣料品店、大手薬局チェーン店、ハローワークやバス停もある。
人通りは多い方だと思う。

そのせいかタバコの吸い殻がよく落ちている。
きょう夕方、外出から戻ったときふと見ると、ウチの前、実際は歩道と車道の間だが、タバコの吸い殻が4つも落ちていた。


2014.2.23 16:34 PM
きょうは4本落ちていた
私はセッセと拾っているが、多いときは一時に10本位拾うこともある

かつて、このブログで、京都の或る大学キャンパスで見た光景を書いたことがある。
【⇒ こちら をクリックすると別の画面で開きます。】
そういった若者が大きくなってこんなことするんだろうか。

まぁ、タバコは気分転換やウサ晴らしのために()むもんだから、そんな固いこと言ってたんでは気分転換にもウサ晴らしにもならないだろう。
チューインガムだって似たようなもんだ。
ペッと吐き出すから気分がす~っとするんだろう。

とは言っても街はキレイであってほしい。
シンガポールでは、路上で吸い殻を投げ捨てたりチューインガムを吐き捨てたらバッキンだそうだ。
ロンドンのバッキンガム宮殿はダジャレだろうけど。
バッキンにならなくても、或いは人に指摘されなくても、日本人として生まれたのなら街の美化には心掛けてほしいものだ。

2014.2.23













大国主(おおくにぬし)の無念

2014.2.22

きょうは島根県にある出雲(いずも)大社にお参りした。

拝殿の先、『本殿』を囲む玉垣の楼門前にまで進み出て参拝できた。
楼門の開いたところから失礼を省みず、中に鎮座されている出雲大社の『本殿』をソーッと覗かせてもらった。
瑞垣(廻廊)から内部の神域、楼門付近は撮影禁止のため写真がありません)
去年参拝した伊勢神宮 【 2013.10.19 ⇒ こちら をクリックすると別の画面で開きます】 とは異なり、切妻側に入口がついている建築様式だ。
いわゆる『大社造り』で、教科書どおりになっているのをこの目で確認した。
床がとても高くてまるで2階(或いは3階?)のようだった。

また、西側に回ったら『本殿』を間近に見ることができた。

本殿を間近に見て感激
出雲大社の本殿を間近に見て感激

伊勢神宮のときはこんなに近くで拝見できなかった。
感激した。
教科書どおり、千木(ちぎ)の先が垂直に切られていて、これも教科書どおりになっていて安心した。

拝殿のうしろ、本殿との間のスペースには、古代の出雲大社(本殿)の芯柱 = 出雲大社では『心御柱(しんのみはしら)』と呼ぶ = があった場所とサイズを地面に示してあった。

芯柱(心御柱)があった場所
芯柱があった場所
クリックすると別の画面で拡大画像が見られます

つまり、昔はこのように3本の木をひとつに束ねて柱(心御柱)にしていたというのだ。
古い図面にはそのような記録があるもののホントかどうか分からなかったが、いまから14年前の2000年にこの場所で、実際の柱が地中から発見されて、図面はウソではなかったことが分かったという。
これで、昔は出雲大社(本殿)の高さが16丈(48m)あったと伝えられるのがあながちウソや誇張ではなかったことが分かったという。
まさに大発見だ。

近くには3本の木をひとつに束ねた柱(心御柱)の実物大模型があった。

芯柱の実物大模型
芯柱の実物大模型
赤い色は、発掘された柱に防腐剤として塗られていたベンガラの色だそうだ

高さが16丈(48m)というのは鎌倉時代以降で、初期はその倍の32丈(96m)あったという。
1丈=10尺=約3メートル。従って 16丈=48メートルとなる。
当時では世界最高の木造建築だが、現存すればいまでも世界最高の木造建築だ。

思えば、出雲大社は大国主命(おおくにぬしのみこと)(まつ)っているという。
大国主命は出雲の国の王様だったが、大和政権との戦いに敗れて殺された。
人は死者の(たた)りを恐れるが、昔の人は今よりもっともっと祟りを恐れた。
ひょっとしたら大国主命は大変無残な死に方をしたんじゃないだろうか。
あるいは(大和政権は)出雲の国の領地を無理やりかだまし取るような仕方で奪ったのかもわからない。
無念だったろうなぁ・・・(と、大和政権は考えた)

だから大国主命の「祟り」を極度に恐れた。
その「極度」の恐れが「極度」に大きい(世界最高の)(やしろ)を作る動機になったんじゃないか。

巨木3本をひとつに束ねて1本の大きな柱(心御柱)にして高い社を建て(て大国主命を敬っ)たのにはそんな訳があったのではないか。
そんな思いをした。

大陸文化に近い出雲の国は当時の日本列島における先進国で、優れた鉄の産地でもあった。
それがどうして後進国の大和政権に敗れたのか。
そんなことをとりとめもなく考えながら、出雲大社の帰り道にある「島根ワイナリー」でワインを試飲させてもらったら、眠くなって寝てしまった。

2014.2.22



日本国家のはじまり

2014.2.9

きょうは奈良へ卑弥呼(ひみこ)の宮殿跡を見に行った。

先日、宮殿跡で新たに建物跡が見つかったという報道があった。
きょう現地説明会があるというので行ってみたもの。
場所はJR桜井線巻向駅からすぐのところ。

2014.2.7 京都新聞 朝刊 26ペ
2014.2.7 京都新聞 朝刊 26ペ

現地は民家が建てこんでいるので小規模にしか掘れないらしい。
従って全容は分からないが、従来分かっていた大型建物群(3世紀前半頃)の延長線上で見つかったという。
「ここが柱の跡です」「ここは後の時代に掘られた溝の跡です」と聞いても、なんでそう言えるのかまったく分からなかった。

纒向遺跡第180次発掘調査現場
発掘現場
うしろの山は三輪山

3世紀前半頃といえば卑弥呼がいた頃なので、卑弥呼の宮殿跡ではないかと騒がれているが、断定はできない らしい。

面白いと思ったのは、従来の大型建物群の延長線という線が東西でも南北でもなく、東から北に4~5°振れている点だ。
これについては「太陽信仰と関連があるかも分からない」という考えがあるらしいが、面白い説だ。(石野博信兵庫県立考古博物館長の説)

発掘現場の近く(歩いて20~30分のところ)に箸墓(はしはか)古墳があるので、来たついでに行ってみた。
その近くにホケノ山(宝恵山)古墳というのがあり、その頂から見てみたのが下の写真。

箸墓古墳
箸墓古墳
ホケノ山古墳から見る

この箸墓古墳は卑弥呼が葬られているのではないかと噂される古墳だ。
次いで近くの「桜井市埋蔵文化財センター」に行ったら箸墓古墳の平面図があった。
その平面図でも軸線(中心線)が東から北に4~5°振れていた。
この点は余り指摘されていないが(私が知らないだけかも分からないが)、面白いと思った。
居合わせた人に私の考えを言ってみたけど反応がなかった。

2014.2.9








男性向けのネイルサロン

2014.2.6

きょうまた東京に行く機会があった。
ここんとこ毎週行っている。
きょうの目的地はJR市ヶ谷駅の近くにある会社。
その会社に行くため、表通り(靖国通り)から細い道を入っていくと男性向けのネイルサロンの看板が目についた。

男性向けのネイルサロンのお店を発見
男性向けのネイルサロンのお店を発見

ネイルサロンは女性のものと思っていたので、意表を突かれた。

さすが東京だ。東京にはなんでもある。
へー、珍しいな。
こんなとこ、行くお客っているのかなぁ。と思って通り過ぎた。

訪問した会社で相手の人(男性)にこのことを話すると「リラックスするために行く人がいるらしいですよ」との答えが返ってきた。
ネイルにアートを描いてもらってなんでリラックスできるのかよく分からなかったが、仕事の話じゃなかったし、しつこく聞くのも気が引けたから 「そーですか」 と生半可な答えをして話題を変えた。

帰り際、その会社の受付の女性にもちょっと話し掛けてみたら「(そのお店は)雑誌なんかで結構採り上げられて話題になってるらしいですよ」とのこと。
まぁ私なんかは古い男なんで、雑誌記事なんか大して関心がなかったので、ニッコリ笑って「あぁそーですか」とだけ言って帰った。

帰り道、も一度そのお店の前を通ったとき看板をよくみると「(たたか)う男性にひとときの安らぎを」とある。
さっきの訪問先の男性の答は間違いじゃなかったみたいだ。

闘う男性にひとときの安らぎを
闘う男性にひとときの安らぎを

気になったのでウチに帰ってからこのお店のサイトを覗いてみた。
このお店は、女性のように、爪にきれいなアートを描いてもらうんじゃなく、透明色でピカピカに仕上げてもらうんだって。
なるほどそれなら分かる気がする。

気になったのは『ネイルはその施術方法から指先や手の平にやわらかな感触が伝わります』との説明。
施術方法といっても爪をキレーにしてもらってピカピカにしてもらう訳だから、それだけでは “ひとときの安らぎ” を味わえないと思う。
『パソコンや交渉で「アタマ」を使い、神経がすり減っているような状態に効果的です』と言われても未経験者の私にはよく分からない。

実際は、やさしいBGMが流れる個室で若い女性に手や指をやさしく触ってもらうことで “ひとときの安らぎ” を味わえるんじゃないかな。
そういった別の楽しみもあるのかなと想像をたくましくした。

いろんなニュービジネスが生れるもんだと感心した。
人生、長生きするといろんな発見がある。

2014.2.6









パソコンがんばれ

2014.2.5

けさの日経新聞はトップ記事で、ソニーのバイオ(VAIO)事業が赤字なので投資ファンドに売却されると報じていた。
私はバイオを使ったことはないが、バイオ(ヴァイオというべきか)といえば日本のパソコンでは有名ブランドだ。
記事を見て、パソコンの売上げ減少が止まらないんだな、と暗い気持ちになった。

2014年2月5日付け日本経済新聞朝刊1面トップ記事
けさの日経新聞
クリックすると別の画面で拡大画像が見られます

グラフを見るとスマートフォンの出荷台数はうなぎ上り、タブレットも好調に増加している。
スマートフォンの売上げ台数がパソコンを抜いたのはもう3年も前のことだ。

パソコンユーザーがパソコンを使わなくなってスマートフォンやタブレットに移行していると聞く。
ま、ライトユーザーが移行するなら、それはそれでいいだろう。

売上げ減少傾向が続くパソコン
残念ながらパソコンの売上げ減少傾向が続く
同上記事より

しかし、スマートフォンやタブレットとパソコンは使う目的が全く違うと思う。
タブレットとパソコンは携帯性に優れ、すぐ起動するのでとても便利だ。(私も iPad mini を使っている)
インターネットのウェブサイトを閲覧したり、Eメールや Facebook、Twitter などで簡単な文章や画像を送信するようなライトユーザーには充分かもしれない。

けれども、本格的な文書を作成したり、表を作ったりするには不便だと思う。
ホームページの作成やアップロードも、画像処理とか動画の編集とかでもパソコンが不可欠だ。

要するにパソコンはIT生活を豊かにする便利なツールだ。

使う人(の用途)次第で、スマートフォンかタブレットか、はたまたパソコンかを選んだらいいのだが、パソコンユーザーが減っていくのは淋しい。

私個人としては、パソコンの便利さを広めたいと思っていて、実際 私の住んでいる地域のパソコン同好会に参加して初心者にパソコンの面白さ・便利さを伝道している。
パソコンがんばれ 』と言いたい。

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ところで、新聞によると、ソニーのパソコン事業は「日本産業パートナーズ」という投資ファンドに売却されるという。
その投資ファンドのチームがパソコン事業にどれだけ熱意があるか分からないが一抹の心配がある。
「日本産業パートナーズ」は、つい先日にもNECの Biglobe(ビッグローブ)を購入している。
ソニーは赤字なので売却したが、NECは今後の成長が見込めないので売却したという。
「日本産業パートナーズ」の秘策やいかに?
がんばってほしい。

2014.2.5








節分で豆まき

2014.2.3

きょうは『節分』
鬼を追い払い福を呼び込む『豆まき』の日だ。

私のウチの近くに北野天満宮がある。
平安時代、菅原道真の怨念(たたり)を鎮めるために設けられたお(やしろ)だが、北野の地は京都の西北((いぬい)の方角)にあたる。
乾の隅は古来から鬼の棲みかとされ、北野天満宮では節分の日に「追儺(ついな)」の儀式、つまり「鬼やらい」の儀式を執り行ってきたという。
ことしも行われるというので見に行った。

北野天満宮の楼門
北野天満宮の楼門

午後1時からというのに少し遅れて行ったら、すでに数百人程度の人が集まっていた。
舞台では、福の神が鬼を払う「北野追儺(ついな)狂言」が始まっていた。
狂言のセリフはむつかしくてほとんど分からなかった。

北野追儺狂言
北野追儺狂言

狂言の後に、北野天満宮の花街(はなまち)上七軒(かみひちけん)」の舞妓さんによる日本舞踊の奉納があった。
これはとくに追儺(ついな)の儀式と関係なく、余興として色を添えたものなんだろう。

舞妓さんによる日本舞踊の奉納
舞妓さんによる日本舞踊の奉納

そしていよいよ『豆まき』。
「鬼は~外ぉ」「福は~内ぃ」の大きな掛け声とともに豆、実際は四角い紙の袋【下の写真】に入っているが、その袋が勢いよく撒かれた。

豆まき
2014.2.3 13:45 PM

毎年、節分のときはタレントや相撲取りが豆を撒く各地の「豆まき」風景が新聞やTVで報道されるが、見に行ったことはなかった。
きょうの北野天満宮の豆まきは、私にとって初めての豆まきで、数百人程度の小規模なものだが、伝統ある行事ということでとても興味深かった。

豆まきの全景
豆まきの全景

私も撒かれた豆の袋をつかまえた。
これが豆の袋。
収穫は1袋。

もらえた「福豆」
もらえた「福豆」うしろは有名な梅の木だがまだほとんど咲いていなかった

家内は2袋つかまえた。
1袋に50粒入っていた。
二人で歳の数だけ食べたらちょっきりだった。

2014.2.3









自然美を切り取る

2014.2.1

きょうは土曜日で、家内と京都の街に出た。
お昼が過ぎてお腹がすいたので、創業寛正6年というお蕎麦(そば)屋さんに入った。
「寛正」 という年号はいつの頃か分からなかったが、お店のパンフレットに 「寛正6年(西暦1465年・応仁の乱の前年)」 とあった。
昔は火事が多かったし、京都も何度も大火に見舞われている。
だから、そんな昔から続いているとはにわかには信じがたいが、パンフレットに書かれているから正しいんだろう。
お店では 『宝来そば』 という、色んな薬味(ネギ、焼き海苔、しいたけ、ごま、金糸玉子等々)でおそばを味わえるような趣向になった “せいろそば” をいただいた。
それはさておき・・・きょうの本題

『佐藤太清(たいせい)展』 という展覧会が最近テレビや新聞で話題になっているのを知っていた。
その展覧会がそのおそばやさんの近くで催されているのを思い出したので、ちょっと足を延ばして見に行くことにした。

佐藤太清展 入口
京都文化博物館

佐藤太清という方の名前は知らなかった。
太清(たいせい)の読み方も分からなかった。
展覧会のサブタイトルに 『生誕100年』 とあるので大正生まれだと分かる。(1913年生まれ)
文化勲章を受けられているというのも知らなかった。(平成4年、1992年受賞)
日本画家だ。

佐藤太清展 会場
むこうに 「雪つばき」 が見える

この方の作品はどれも自然の風景、その一瞬を切り取って、一度見たら忘れられないような詩情ゆたかな絵に仕上げてある。
雪つばき 1994
荒波の海岸、雪の降る夜の東大寺、雨の龍安寺石庭、かすみ網にかかってもがき苦しむスズメやツグミ、雨降るベランダ、燃え盛る炎、夏の終わりのヒマワリ・・・ そして右の絵 は自宅の庭に咲く椿に綿のような雪が降り積もったところ、等々。
日本画っていいなぁ~

日本画の名品はおととい東京でも見たばかりだ。( こちら
なぜかここんところ日本画づいている。

それにしても、こんなすばらしい日本画家をきょうまで知らなかったのが悔やまれる。

2014.2.1


















筆者のプロフィール ↓

shochan31

Author:shochan31
名前が しょうじ なので障子が背景となっている。ペンネームはアルファベットで shochan(しょうじの愛称)だが数字 31 の由来は不明だ。

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