京都のビジネス街の桜

2014.3.31

きょう夕方、仕事の関係で Kinko's にプリントしに行った。
四条烏丸という京都のビジネス街の中心地にある。
その近くに、京都のヘソと言われ、またいけばな発祥の地としても知られる六角堂というお寺がある。
その境内に、早咲きで知られる桜があるので、どんな具合かちょっと寄ってみた。

すると、なんと濃いピンクの花がいままさに満開だった
超ラッキー

六角堂の御幸桜
2014.3.31 16:57 PM

美しいピンクに見とれていたら「5時で(お寺の)門を閉めます」と言われた。
それで急いで写真を撮った。

六角堂の御幸桜
美しいピンクの花

あとで調べたら、この六角堂の枝垂れ桜は「御幸(みゆき)桜」と呼ばれて、咲きはじめは白いが段々色づいてくる。
その<うつろい>が美しい、のだそうだ。

六角堂の御幸桜
いままさに満開

へー、それは知らなかった。
しかし<うつろい>に美を感じるなんて、日本人って繊細だなぁ。

5時閉門というので、せかされるままに門に向っていたら、目にも鮮やかな新芽の柳の木があり、その枝におみくじの紙が沢山結び付けられているのが目に留まった。

おみくじ柳
2014.3.31 16:59 PM


黄緑と白、それに女性のブルーの服。
カラフルで<絵>になるナと思ったので、そこでも急いでもう1枚写真を撮った。

あとで調べたらこんな話があるんだそうだ。

平安時代。嵯峨天皇がお(きさき)を求めていたところ、ある日の夢枕で「六角堂の柳のもとに行くように」とのお告げがあった。実際に行ってみると、そこに絶世の美女がいてその女性をお后に迎えた。
そういう話から「六角堂の柳に願をかけると良縁に恵まれる」という噂が広がり、いつの頃からか「縁むすびの柳」と呼ばれるようになつた。
現在では、柳の枝2本におみくじを結びつけてお願いすると良縁に恵まれるといわれている。


なるほど、それで分かった。
ふつうは樹が傷むので枝におみくじを結び付けるのを禁じているが、このお寺は違うんだ
どうりで<絵>になっていると思った。

2014.3.31








夜桜の良さが分からん

2014.3.30

きょう夕方所用で出かけた帰り道、京都の桜の名所として有名な平野神社の近くを通ったので境内を通り抜けて「夜桜(よざくら)見物」としゃれてみた。
音に聞く平野神社だが、桜の頃に来たのは生まれて初めてだ。

夜桜
2014.3.30 19:20 PM
左上に見えるのは満月か、と思って調べてみたらきょうの月齢は 28.8 で完全な新月だった
そもそもあの方角は南西なので、あんな方向に満月が見えるはずもない
何かの汚れか
UFOのほとんどはこういった画像の“汚れ”を言うんだろうなと思った

夜桜
平野神社の夜桜

桜の花を、三脚を立てて望遠レンズで撮っている人がいたので「いい写真撮れましたか」と聞いてみた。
二・三度聞いても返事がないのでしつこく聞いたら『話せない』というようなジェスチャーをして振り向いた。
それでやっと外人だとわかった。
女性だった。

「どっから来たの」と英語で聞いてみたら『香港』だという。
「何で夜桜なんか撮るの?」「何か理由でも?」と聞いてみたが『特に理由はない』とのこと。
『香港には桜(の木)がない』と言っていた。
それで珍しいから撮っていたのか。

「昼間の方が 空は青く 樹々は緑で 花はピンク。カラフルでいいと思うよ」と言ったら笑っていた。
8日間日本に滞在する予定で、きょうは3日目とのこと。
「あんたはラッキーだよ!いま桜の一番いい時だから桜の写真をたくさん撮って帰ってネ」「ソリー・フォ・バザー・ユ(邪魔しましたネ)」と言ってその場を立ち去った。

やっぱり花見は昼間に限る、と改めて思ったことだった。

2014.3.30






ド肝抜く超巨大寺院

2014.3.29

先日、新聞見開き広告で仏舎利(ぶっしゃり)公開の行事を知った。
仏舎利ならそんなに珍しくないし、見られたからと言ってそう感動するもんでもない。
それより驚いたのは、仏舎利が公開される場所だ。

見開き2ページの巨大広告
京都新聞 2014年3月18日付け朝刊 18~19ページ
見開きの巨大広告
写真をクリックするとよく見えます

兵庫県の山中(さんちゅう)無量壽寺(むりょうじゅじ)という巨大寺院が出現していて、そこで公開されるという。
そんなお寺の名前は聞いたこともないし、宗派も「念仏宗」というこれまた聞いたこともない宗派だ。

インターネットで調べてみたら、その無量壽寺は超巨大な寺院で、本堂は世界最大の寺院建築。鬼瓦や石灯籠も世界最大。釣り鐘も山門の仁王像も世界最大級。等々。広大な伽藍、延々と続く参道や庭園などもできている。
これは一見の価値ありと思って行ってみた。

巨大な山門
総門を過ぎると、まず山門の巨大さに圧倒される
大屋根の下の扁額は高さ5.25mで日本一だとか
ガイドさんの案内で見て回る

でもホントだった。
いつの間にこんな超巨大寺院が日本に出現したんだろう。
大きいだけじゃない。手が込んでいる。まったくド肝を抜かれた。

場所はJR福知山線「三田(さんだ)」という駅から送迎バスで約25km、50分。
シャトルバスは無料。関係者は物腰低くていねい。
こんな山奥を切り開いて大伽藍を整地し、ふんだんに石材を使い、高さ51.5mの本堂をはじめとする巨大な建築群を建て、無数の樹木を植え(樹齢800年の槇、樹齢500年の京都北山台杉、樹齢300年の蘇鉄の他、桜7000本、ツツジ20万本、台杉千余本、しゃくなげ1200本、紅葉3000本、等々)、一体いくらかかったのか。お金は誰が出したのか。
少しの乗客を乗せ頻繁に行き交うシャトルバスの運行費用だって馬鹿にならないだろう。
私の関心はこの程度の下世話なことばかり。

昔、京都にも法勝寺(ほっしょうじ)という巨大寺院があったと聞いている。
まぁ、そんなものが平成の現代によみがえったのかと思った。

本堂
山門の先に続く参道の果てに256段の石段があり、その先が本堂
スケールの大きさに仰天した

本堂
本堂は高さ51.5mで世界最大の仏教寺院建築という
鬼瓦は高さ9m幅8.8mありギネス世界記録認定だそうだ
数百年後には国宝になるんだろうか

この「念仏宗」は新興宗教だそうだ。
「真如苑」「阿含宗」「霊波之光」など、新興宗教は財力が豊かなのが多い。
「念仏宗」もその例か。その財力には全く感心する。
野次馬見物で行ってみた私だが、壺を100万円で売り付けられたら困るなと思ったが、宗教の勧誘は一切なく気持ちよかった。
反って無料で見せてもらって申し訳ない気がした。

立派な建築や美しい庭園に感心して、また無料バスでお寺を後にした。
三田(さんだ)」駅まで送ってもらったら、そこから有馬温泉へ 電車ですぐ行けるという。
そこで、有馬温泉につかって帰ってきた。

有馬温泉
有馬温泉は赤茶色

有馬温泉のお湯は赤茶色している。
昨今はどこの温泉も「無色」「無味」「無臭」のところが多いが、ここはホントの温泉らしくていい。

2014.3.29









濃いピンクの桜

2014.3.21

きょうはお彼岸の中日。自転車を走らせていたら満開の桜に出会った。
ウチの近くに 「一条戻橋」 という有名な橋があるが、その橋の袂だ。

新聞の 「桜の開花予想」 より1週間以上も早い。
えっ !? もう咲いているのか。

花びらが白いソメイヨシノと異なり、とても赤い。(といっても濃いピンクだが)
急いで自転車を止め、近くに寄ってみた。

数人の人が花に見入っておられたので聞いてみたら、タクシーで連れてきてもらったという。
写真を撮っている女性に 「どこからですか」 と聞いたら 「山形からです」 と。
へ~っ ! ヤマガタ !? 京都市内の桜はまだ全然咲いてないのに、山形のような遠くから来られてこんなキレイな花に出会えるとは ラッキーだ。


2014.3.21 11:10 AM
左から3人目がタクシーの運転手さん

タクシーの運転手さんに聞いてみたら、ここの桜が早く咲くのは 〔京都では〕 有名なんだとか。
ウチの近くなのに知らなかった。

sakura930.jpg
2014.3.21

花をよく見ると葉も出ているから山桜系か。
さっそく植物に詳しい知人のSさんに電話で聞いてみたら 『あれはカワヅザクラ(河津桜)です』『大輪の花が咲く大島桜との交雑種なので、この桜の花も大きいです』 と即答。
さすがに詳しくて舌をまいた。

いよいよ春の訪れだ。
あと1週間か10日ほどで京都は桜で満ち溢れることだろう。
ワクワクする。

2014.3.21
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追記 2014.3.24

きょう上記の<濃いピンクの>桜の前を通ったら結構人だかりができていた。
その中で一人熱心に写真を撮っている人があったのでちょっと聞いてみた。
すると 『この桜のおしべは 赤のと白いのがある』 と指差して教えてくれた。
私は少し色覚異常、いわゆる色盲なので赤い色がわかりにくい。
それでもよく見てみると、な~るほど !!

桜の花のアップ
白い花糸と赤い花糸

う~ん、確かにおしべの()、植物学的には「花糸(かし)」というらしいが、それが、普通は白いと思うのだが、赤い花糸のもある。

白い花糸と赤い花糸
白い花糸と赤い花糸

学問的に珍しいのか、ただ単に掛け合わせた園芸品種なのか専門的なことはわからないが、面白いと思った。
これを見つけてカメラに収めている人もエライ !!

2014.3.24







榧(カヤ)の巨木

2014.3.16

梅の花の便りが毎日寄せられるきょうこの頃。
きょうは京都郊外、といっても京都市山科区で、いまでは地下鉄ですぐ行ける『小野』というところに行った。
目的地は梅の名所で名高い隨心院(ずいしんいん)というお寺。
境内に「小野梅園」があるという。
隨心院の名前は昔から聞いているが、訪れるのは初めてだ。

で、地下鉄の駅から隨心院に向かって歩いていると巨木が目に留まった。
太い幹にはしめ縄が巻かれ、何か信仰の対象でもあるように見受けられた。

道端で見つけた巨木
道端で見つけた巨木

もう1本の榧(カヤ)の巨木葉っぱがもみ(樅)に似ていたので、近くの老人に「アレはもみの木ですか」と聞いたら うなづいたので、てっきりそうだと思って歩きかけたら、ご婦人が追いかけてきて

「アレは榧(カヤ)の木ですよ」と教えてくれた。

続けて

ここ小野には昔 小野小町が住んでたんですよ。
小野小町のウチに深草少将が毎晩通ってきては「榧(カヤ)の実」を1粒ずつ置いて行ったんですよ。
九十九日目、ちょうどその夜は雪で、小野小町のウチにたどり着いたけど倒れてしまったのね。
その榧の実をこの地の周辺に撒いて、大きくなったのが榧の木なんですよ。
昔はこの付近にも何本か残っていましたけど いまはアノ木と、もひとつだけしか残ってないのよね。


へ~、深草少将が100日通って思いを遂げられなかった話はよく聞くが、榧(カヤ)の実の話は知らなかった。

アソコの道を曲がっていけば、もうひとつの榧の木がありますよ。

と、指差して道を教えてくれた。
きょうの目的地は梅の隨心院なんだけど、興味はこっちのほうにあった。
それで さっそく横道にそれる。

おお ! あったあった。これか !
フーム なかなか立派な榧の木だ。
こちらもしめ縄が巻かれている。

榧(カヤ)の巨木
2014.3.16
山科・小野に残る榧(カヤ)の巨木

巨木を見ると畏敬(いけい)の念にかられる。
だから地元の人がしめ縄を張ったのだろうか。

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さて道草を食ってしまったが、引き返して隨心院の梅園に向かった。
総門をくぐって参道に入ると梅が見事に咲いていた ・・・

随心院の参道で
2014.3.16
随心院の参道で

・・・ と思ったのは早合点で、その奥にある「小野梅園」の方はまだチラホラ咲きで、観光客もまばらだった。
近くにいた人に聞いたら「今年(の梅の開花)はいつもより遅いですね」とのことだった。

随心院の庫裏
随心院の庫裏
近くには「花の色はうつりにけりな・・・」の歌碑があった

梅園から庫裏(くり)のほうに回ると、その近くに「花の色はうつりにけりな・・・」の歌碑があった。
これはだれでも知っている小野小町の有名な歌なので、みんな写真を撮っていた
また、さっき地元の人に聞いた榧(カヤ)の木伝説を説明する駒札も立っていた。

榧(カヤ)の木伝説を説明する駒札


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庫裏に入れてもらったら、玄関横の中庭に黄色い花の咲く木があった。
枝に「サンシュユ」という札が下がっていた。
「サンシュユ」? あまりなじみのない木だ。

サンシュユ(山茱萸)の花を回廊から見る
2014.3.16
珍しい「サンシュユ(山茱萸)」の花

葉が出る前に黄色い花をつけるところは、こないだ京都御苑(きょうとぎょえん)で見たマンサクとよく似ている、と思った。
【⇒ こちら をクリックすると 京都御苑のマンサクが 別のウインドウで見られます。】

「サンシュユ(山茱萸)」の花

ひとつひとつがオシベなのか、はたまた花なのかよく分からない。
昔の女性の簪(かんざし)みたいなのが沢山ある、めずらしい形の花だ。

「サンシュユ(山茱萸)」の花、クローズアップ


きょうの私は樹木を()でる一日だった。

2014.3.16











初めて見る字母

2014.3.15

先日 久しぶりにオーケストラを聞きに行った。
そのときの ブログ にも書いたが、指揮者はミロスウァフ・ブウァシュチェックという舌をかみそうな名前の方だった。

どんな綴りなのか気にはなったが、忙しくてそのままになっていた。
きょう休日でちょっと余裕ができたので、そのときもらったパンフレットを何気なく見ていたら指揮者の綴りが出ていた。


う~ん、原綴りそのままでは『ミロスウァフ・ブウァシュチェック』とは読みにくい。
私なりに読んでみると「ミロスロウ・ブラスチェスク」となる。

綴りのアルファベットが小さいのでその部分を拡大してみると、こうだ。

miroslaw2.jpg

『ミロスウァフ』と読むためには、Miros の次の文字「l(エル)」は「ウ」と読まなければならないだろう。
よく見てみると「l(エル)」(エルの小文字)に何かついている。
ł
これまで見たこともない字母(アルファベット)だ。
私にとっては新しい驚きだった。

フランス語に「ç」や「é」などがあるのを知っている。
ドイツ語にも「ß」や「ű」などがある。
でも l(エル) にこんな「チョン」が付いているのを見るのは初めてだ。
ポーランド語の字母なんだろうか??

そこで調べてみたら、なるほど あった !!
そして、音は英語の「w」に相当するとあった。
な~るほど。
ブラスチェスクがブウァシュチェックになるのもこの伝だ。
勉強になった。
※ 「B」の次の「l」は多分「ł」の誤植だろう。

2014.3.15







聚楽第をCGで再現

2014.3.14

昔、聚楽第(じゅらくてい)という建物群が京都にあった。
16世紀の終わりごろ豊臣秀吉が建てたのだが、わずか8年ほどで取り壊されてしまった。
いまは何も残っていないので、ほとんど知られていない。

聚楽第はお城のように(ほり)(堀)と石垣に囲まれていたそうだ。
私事で恐縮だが、私のウチはその聚楽第の東側の濠を埋め立てた上にある。
ウチの横には「聚楽第(あと)」という石碑もある。

聚楽第址の碑
聚楽第址の碑

上記のようにすぐ取り壊されてしまったので何も残っておらず、聚楽第の実態はほとんど知られていない。
それをNHK大阪放送局が「歴史秘話ヒストリア」というTV番組で採りあげてくれることになった。
わずかな記録を基にCG(コンピューターグラフィック)で聚楽第を再現してくれるらしい。
放送は 4月2日 4月9日夜、NHK総合TV。(CGの完成が間に合いそうにないので、放送日が 1週間延びた)

聚楽第がこの世から姿を消して400余年。
忘れ去られた聚楽第をTV番組が採りあげるのは前代未聞だと思う。
とても楽しみだ。
ぜひ見なくちゃ~と思っているので、早速周りの人に伝え、また会う人ごとに「放送されますよ」と話しかけている。

きょうはウチの前に番組予告の張り紙を出した。
立ち止まって見てくれる人には声をかけるようにしている。

番組予告の張り紙
2014.3.14
きょう、番組予告を張り出した
(NHK番組広報の方に許可を得てます)

2014.3.14





人類の至宝

2014.3.10

昔はクラシック音楽大好き青年だった私だが、30代以降は日常生活に忙殺され、世間の(ちり)にまみれゆっくり堪能する機会を失ってしまった。
きょうは久しぶりにクラシック音楽に(ひた)れた。

しかも前から9列目のちょうど真ん中で最高の席だった
S席 ¥5,000 はお値打ち

京都コンサートホール
ホールに到着

オーケストラはポーランド・シレジア・フィルハーモニー管弦楽団

最初の演目は「コリオラン」(ベートーベン作曲)。
私にとってはほんとに久しぶりだが聞き慣れた懐かしいメロディーだ。
小規模だけどフルオーケストラで、音はよく出る。
指揮者はミロスウァフ・ブウァシュチェックという読みにくい名前の方だ。

次いで「皇帝」(ベートーベン作曲ピアノ協奏曲第5番)。
ピアニストは京都出身の高木智寿子という人。
堂々と、そしてキリリと引き締まった演奏だ。
ふつうは第一楽章で拍手はないが、会場から思わず拍手がもれた。
それほど感動を与えた演奏だった。
第二楽章はピアノソロの歌うような甘美なメロディーで始まる。
私は iPod に入れて寝る前に時々聞いいている。何度聞いても飽きないベートーベンならではの名曲だ。
最終楽章となるとピアニストの高木さんも曲に陶酔したかのように演奏されて、私も聞き惚れてしまった。
ピアノとオーケストラってよく合うもんだ。

最後は「エロイカ」(ベートーベン作曲交響曲第3番)。
第一楽章は猛スピードで指揮者が持つ指揮棒が飛びはしないか心配したほどだった。
ところが次の Marcia funebre (葬送行進曲)はゆっくり厳かに進む。
第三楽章はスケルツオで転がるような軽快さ。アクセントが効いているてベートーベンらしいオーケストレーションだ。
ピチカートで始まる最終楽章も色彩豊かなベートーベンサウンド。
演奏する側は「またかよ」と思っているかも分からないが、聞く側としては決して飽きさせない変化があって、ベートーベンといえども「またかよ」とは思わない。
緩急とりまぜたメロディーと言い、楽器の起用と言い、色彩豊かなこの曲は、ベートーベンの九つの交響曲の中では『最高』の作品ではないかと思った。

ベートーベンで完成の域に達したオーケストラ曲。
それから200年。「皇帝」「エロイカ(英雄)」はいまだに飽きのこない、まさに人類の至宝だと思った。
至福の時を過ごせた。

ポーランド・シレジア・フィルハーモニー管弦楽団 指揮はミロスウァフ・ブウァシュチェック
2014.3.10

アンコールにはエロイカ最終楽章の一番最後の部分を“再演”してくれた。
こんな“再演”するアンコールは初めてだが、いいものは何度聞いてもいもんだ。

終わって外に出たら真っ暗な空に小雪が舞っていた。
冷え込む夜だが、興奮して上気した体には心地よかった。

2014.3.10




銀幕の大スター

2014.3.4

知人から「尾上(おのえ)松之助」の展示会があると聞いた。
きのう・きょう・あすの3日間、ウチの近くの北野中学校という学校の1室を借りての開催だ。

「尾上松之助」はいまでは知る人も少ないが、日本映画最初の映画俳優で、「目玉の松ちゃん」という愛称で親しまれた大スターで、私の母からもそんな銀幕のスターがいたことは聞いていた。
※ 尾上松之助が映画出演で活躍したのは1909年(明治42年)から亡くなる1926年(大正15年)まで。尾上松之助が亡くなったとき、私の母は14歳だった計算になる。

尾上松之助が演技のときに実際に着用していた(よろい)が当時懇意にしておられた京都の松野家で大切に保管されていた。
一方中村家(中村は尾上松之助の本名)にも「犬養毅からの手紙、目録」やアルバムなど尾上松之助にまつわる貴重な品々が保管されていた。
そのような遺族関係者による「尾上松之助遺品保存会」で管理されている尾上松之助ゆかりの品々や資料一式を一挙公開するという展示会だ。

尾上松之助が出演した映画は約1,000本。ピーク時には3日に1本制作というモーレツぶりだったそうだ。
当時、総理大臣の名前は知らなくても目玉の松ちゃんの名前を知らぬ人はいない、と言われた位の人気者だったという。

生来(うまれつき)体の強かった尾上松之助だったが、ファンの人気を裏切れなくて、休みたくても休めず、映画撮影中に心臓発作を起し、それが原因で亡くなった。
葬儀の日、20万人の市民が沿道を埋め尽くしてその死を惜しんだという !!! (※ 当時の京都市の人口75万人)


写真中央は尾上松之助が演技に使った鎧(よろい)
向うでは筆者(観客席の一番左)が尾上松之助を紹介するテレビ番組を見ている
© 2014 京都市立北野中学校 ホームページ から転載。(転載を承認済み)

尾上松之助は、日本映画の父と言われる牧野省三(映画監督)の知遇を得て映画の世界に入るまで、芝居の地方巡業で大変貧しく苦労したそうだ。
だから、銀幕の大スターになっても自分が苦労してきた前半生を忘れず、真摯に生き、貧しい人のため京都府に長屋を寄付するなど多額の寄付をしたという。
また、貧しかった頃を常に忘れないように、息子さんに毎週おからを食べさせたこと、ファンのために自分の健康を犠牲にして無理をしたこと (だから52歳の若さで亡くなった) などの話を伺った。
そんな目玉の松ちゃんの()(ざま)にとても感動した。

2014.3.4











道案内ボランティア

2014.3.2

京都に引越してきて1年半。
私は京都の地理をよく知っている訳ではないが、生まれつき地図が好きなので、街中で行先に困っていそうな人を見かけたら声をかけ、道案内をしてあげることがときどきある。

「京都市未来まちづくり100人委員会」という会で「まちなかしんせつ組」という道案内ボランティアが始まったというので参加してみた。
微力ながら世の中に役立てればといった気持ちが動機だ。
きょうは第1回の試みで、京都でも観光客の多い『祇園石段下』という場所で2時間ほど道案内ボランティアをやった。
※ 註: 観光ガイドではない


祇園石段下でボランティア活動中

路上に立っていると韓国人や中国人(台湾人かもわからない)がとても多かった。

京都を訪れる韓国人や中国人(台湾人かもわからない)がとても多いのは普段から気づいているが・・・きょうもとても多かった。
私は韓国語や中国語がまるでダメだ。
英語だったらまぁ何とかなるんだけど・・・。

韓国語や中国語を勉強すべきなんだけど、私はちょっとその気になれない。

観光に来て京都にお金を落としてくれる韓国人や中国人には誠に申し訳ないが、従軍慰安婦問題で日本人を悪者にして世界中に言いふらしたり、竹島を不法占拠して気勢をあげたり、バイドゥー(百度)で情報をこっそり収集したり、毒ギョーザを輸出したりされたんではね。
尤も、悪いのは韓国や中国の政治指導者で、観光に来てくれる一般市民は悪くないのだろうけど・・・

私は、日本に漢字や書道を輸出してくれた中国には大いに感謝しているんだけどなぁ。
私は、中華料理や韓国料理は好きなんだけどなぁ。
複雑な気持ちだ。

2014.3.2










紅梅づくし

2014.3.1

京都新聞 2014.3.1 p.30きょうから弥生3月。

地元の京都新聞には「梅だより」というコラムが毎日あって、近畿一円の梅の開花状況を知らせてくれている。
きょうの朝刊によると、京都の北野天満宮の梅が「五分咲き」になったという。
少し時雨(しぐ)れるような天気だったが出かけてみた。

境内は梅見の人でけっこう賑わっていた。
白梅・紅梅、赤いのから薄いピンクまでさまざまの梅が楽しめた。
満開近い木もあればほとんど蕾という木まで、こちらもさまざまだった

北野天満宮 中門(三光門)
梅見の人で賑わう境内

境内に「竈社(かまどしゃ)」という小さな神社があり、鳥居の脇に紅梅が咲いていた。

竈社鳥居の脇の紅梅
北野天満宮の末社、竈社

この紅梅は大変色気があるが、その中にも気品が漂っている。
古来、日本人が愛してやまなかっただけのことはある。

竈社鳥居の脇の紅梅
竈社鳥居の脇の紅梅

境内を出てお料理やさんに入った。
まず出てきたのが「梅そうめん」 

梅そうめん
2014.3.1

ピンク色しているのは天神さんの紅梅にちなんだものか。
よく見ると、ビール瓶の(はかま)の下に敷かれたコースターにも紅梅の絵が。(写真ナシ)
そして、出てきたお弁当の器も梅の花を(かたど)った赤い塗りの鉢。

お弁当の器も梅の花を模った鉢
2014.3.1

そして・・・ お店の名前までが「紅梅庵」
きょうは紅梅づくしで、満足の一日だった。

2014.3.1












筆者のプロフィール ↓

shochan31

Author:shochan31
名前が しょうじ なので障子が背景となっている。ペンネームはアルファベットで shochan(しょうじの愛称)だが数字 31 の由来は不明だ。

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