飛行機雲

2017.1.28

京都では飛行機雲を見かける機会が多い。
といっても、私はよその土地と比較したわけではないが、インターネットで検索してみると 京都は飛行機雲がよく見られる土地らしいことが分かる。

ところで、きょうは 何本もの飛行機雲 ができていたので、こりゃ珍しい、と思ってカメラに収めた。
ふつうは1・2本程度だ。

飛行機雲
京都御苑内で 2017.1.28 15:01 PM 向こうが東、手前が西

飛行機雲のできた方向が1本だけ違うのが気になるが、大体は東から 西南西(せいなんせい)方向 に伸びている。

見ていると、また1本、新しい飛行機が飛行機雲を作りながら飛んできた。(上の真ん中やや左
私のカメラはコンパクトデジカメなので望遠はたったの光学4倍だが、狙いを定めて撮ってみた。

飛行機雲を作って飛ぶ双発ジェット
カメラは Olympus Tough TG-2

双発のジェット機のようだ。
ボーイング 767 とか 777 とかいう機種らしい。
すると、高さは1万メートルほどもあるんだろうか。(10,000 m = 10km)
見ているうちに、また新しい飛行機が飛行機雲を作り出して飛んでくる。
結構頻繁だ。
京都上空はそんなに飛行機ラッシュなんだろうか。

珍しいと思ったのは私だけではないらしく、カメラに収めている人もいた。

飛行機雲を撮る人

調べてみたら、京都上空で東西方向に飛行機雲ができるのは、京都上空が旅客機の飛行ルートにあたるらしい。
京都の東山にVORという旅客機の無線標識があり、そこを通過して西に飛んでいくんだそうだ。
ただ、西行一方通行で東行は別のルートだという。

毎日多数の飛行機が飛んでいるはずだが、毎日見られる訳じゃない。
いや、ほとんど見られない(気づかない)。
やはり、天気と上空の湿度とか温度とかが関係するんだろう。
「飛行機雲が見られるのは晴れた日だが、翌日は必ず雨になる」 と書いたウェブサイトもあった。

はて、飛行機雲は英語でなんて言うのか?
まさか airplane cloud (エアプレーンクラウド) なんて言わないだろうなぁ ・・・

調べてみたら contrail (コントレイル) と言うんだって。へぇー、聞いたことないなぁ
「condensation trail」 をつづめてできた言葉だそうだ。
コンデンセーション=凝縮、 トレイル=跡、痕跡。
つまり、水蒸気の多い空気中を飛行機が飛ぶと、エンジン排気の後に水蒸気が凝縮(凝結)する、その痕跡という意味で、なかなか科学的な用語である。
一方、日本語の「飛行機雲」は 簡単かつ 一般的な用語 でなかなか優れているではないか。

なお、vapor trail (ベーパートレイル、蒸気の痕跡) と言う表現もあるそうだ。
なるほどねぇ
でも、日本語は 「飛行機雲」 1本である。

2017.1.28

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追記 2017.1.29
「飛行機雲が見られた翌日は必ず雨になる」
果たして、きょうは朝から曇り、午後から降りだした
やっぱり 規則は当てはまった

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追記 2022.5.23
数日前知人のTさんと、京都ではよく飛行機雲を見ることを話題にしたことがあった。
そしたらきょう、Tさんから1枚の写真が送られてきた。

多重雲
京都市北区内でTさん撮影 2007.4.27 10:16 AM 向こうが南西、手前が東北と推定される

その写真に以下の説明がついていた。
2007年4月27日に自宅から西の空を撮影したものです。
色々な航跡が重なり合って、青空に面白い模様を描いているのを偶然目にしました。
その後気を付けて空を見上げていますが、なかなか同様な空は見当たりません。

いやぁー、これは珍しい瞬間だ
京都で飛行機雲を見る機会は多いが、飛行機雲がこんなに重なっているのを私も見たことがない。

















銘菓と珍茶

2017.1.27

きょう、東京の或る会合に出た。
その会合に名古屋から来られた方がお土産(みやげ)として持ってこられたのが餡麩三㐂羅というお菓子。

濃尾平野の銘菓
濃尾平野の銘菓 餡麩三㐂羅

名古屋では有名なお菓子だという。
餡麩三㐂羅は 「あんぷさんきら」 と読むんだそうだ。

濃尾平野の銘菓

箱に同封されていた説明書きによると、こし餡を生麩でくるんだお菓子(おまんじゅう?)だという。
へー、これは珍しい。

私が写真を撮っているあいだにみんなから手が伸びて、あと残り3つ。

濃尾平野の銘菓
見たところふっくらとしておいしそう
上品だが、葉っぱで包んであるので、多少の野趣もある

私もひとつ手にした。
やわらかい生麩が葉っぱで包まれていて野趣も感じられる。

濃尾平野の銘菓
ではさっそくお相伴(しょうばん)にあずかります

説明書きによると、この葉っぱは「サルトリイバラ」という木(?)の葉っぱだという。
厚くてしっかりとした緑の葉っぱだ。

葉っぱを取って、さっそく口にしてみると、うーん、ふんわりとした生麩の中に上品な甘さの餡が詰まっていた。
「サルトリイバラ」の葉っぱは軽く塩漬けしてあるのか、ほのかな葉っぱの香りと塩味もして、このコンビネーションは絶妙だ。
おいしいものをいただき満足した。

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ところで、会合の終わった後 京都に戻るため 秋葉原から深夜バスに乗った。
金曜の夜のせいか いつも利用するJRバスは座席が取れなかった。
それで今夜はイーグルバスという会社の「ムーンスター号」を利用した。
(埼玉県の川越始発で、新宿と秋葉原を経由して京都・大阪に向かう)

定員27人の「ムーンスター号」も満席だった。
とくに観光シーズンでもないのに、深夜バスで移動する人は多いようだ。

乗るときに 「川越いも茶」 というお茶をいただいた。
イーグルバスという会社は川越に本社がある会社なので、その関係でこのお茶をいただいたのかなと思った。
運転手さんにきいたら、私が今晩乗った路線(川越始発、新宿・秋葉原経由、京都・大阪行)の他に、来週から、若葉・川越・大宮でお客を載せて京都・大阪へ直行する新しい深夜バスが出来るという。
このように深夜バスは最近人気が高まっているらしい。
お茶はその『新規路線スタート記念キャンペーン』だという。

なるほど・・・ それで川越名産のお芋を使ったお茶のプレゼントだったのだ。

川越いも茶

これをお茶と呼んでいいのかわからないが、川越産のさつま芋「紅赤」からできた飲み物だ。
運転手さんは、焼き芋の皮の香りがしますよ、と笑顔で教えてくれた。

川越いも茶

たしかにそんな香りがして、ほの甘かった。
変わった飲み物だが面白かった。

日本は狭い国土だが、それでも地域によって 「ご当地」 のさまざまな食品があり、食文化の豊かな国である。

2017.1.27










長~い嘆息

2017.1.26

きょうの夕刊紙面にわりかた大きく 『対馬仏像 日本に返さず』 という記事が出ていた。

2013年3月16日の新聞記事その記事を見て、昔の記憶がよみがえった。
以前、2013年3月16日に、このブログで書いたことのある事件の続きだった。
右は当時の新聞記事。

ことの経緯はこうだ ―

◆ 2012年、長崎県対馬の観音寺というお寺から観世音菩薩像(長崎県の指定文化財)が盗まれた。
◆ やがて盗んだのは韓国人とわかり、実行犯は韓国で有罪判決が下った。
◆ にもかかわらず、韓国の浮石寺というお寺が 『もともと我らが所有していた』 と言いだし、回収された仏像を返そうとしなかった。
◆ その上、その浮石寺の僧侶が 『観音寺と友好関係を作りたい』 として 手ぶらで 観音寺を訪れた。(2013年3月14日)

浮石寺の僧侶が観音寺を訪れたときのことを報じたのが、この記事だった。
その記事を見た私はとても後味が悪かったのである。
詳しくは、右上の新聞記事をクリックしてください。

浮石寺の僧侶は 「日韓関係を悪化したくない」「(仏像を返してほしいという)世俗的な欲はすててほしい」 と、問題を完全にすり替えている。全くもって ずるい としか言いようがない。
「世俗的な欲はすててほしい」 というせりふはそのままのしをつけてあちらに返してやりたい。

と 私はそのときのブログに書いたのだった。

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さて、きょうの夕刊紙面、 『対馬仏像 日本に返さず』 という記事はこれ。

©日本経済新聞 2017.1.26 夕刊 p.14
©日本経済新聞 2017.1.26 夕刊 p.14

対馬の仏像を盗んだ韓国人の実行犯はすでに韓国で刑事罰が下されているのである。
にもかかわらず、韓国の裁判所は26日、仏像の所有権は韓国の浮石寺にあるとの判決を下した、というのがきょうの記事の趣旨である。

ええっ !?    そ、そんなことって あるのかっ

韓国では 李氏朝鮮時代(1392年~)に儒教が国教となり、仏教は徹底的に弾圧された。
その法難をのがれるため、仏像が日本(対馬)にきたようだ。
請来当時の記録は残っていないらしいが、李氏朝鮮時代の仏教弾圧はレッキとした史実であり、可能性は非常に高い。
だとすれば、日本のお寺に安置されていたからこそ仏像は無事だったわけで、韓国はむしろ日本のお寺に感謝するのが筋だろう。

明治の初め、わが国でも廃仏(はいぶつ)毀釈(きしゃく)の嵐が吹き荒れ、寺院から多くの仏像や宗教美術品が放出されたことがあった。アメリカのアーネスト・フェノロサはそれらを収集して、その価値を世界的に高めたのである。日本人はフェノロサに感謝こそすれ、買い漁ったことの非難は全く聞かれない。(と思う)

記事を読むと、こんどの判決は、浮石寺が 「仏像は数百年前に日本の倭寇(わこう)に略奪されたものだ」 と主張し、韓国の裁判所がそれを認めた、というのだ。
へぇー、倭寇か。
その証拠も全然ないらしい。
自分の有利になるようなウソの話をねつ造するのは、彼らのお家芸だとは彼ら自身も認めている。
それはウリジナルを見ればよくわかる。
百歩譲って、弾圧をさけての避難も倭寇による略奪も立証されないなら、窃盗事件は有罪なのだから、まずは仏像を元に返すべきだ。

人のものを盗んで、それがまかり通る。
まったく狂った裁判だ。

隣り合う両国の友好関係を願う私だが、こういった理性を欠いた判決を聞くにつけ、私は 長~い嘆息 をつくばかりだった。

2017.1.26










電池に困る

2017.1.25

きょう来客があった。
家内が、焼き立てのパンをお土産に持って帰ってもらおうと思い、ホームベーカリーで焼き始めた。
お客さんが帰られる頃になったのに、ホームベーカリーは「こねる」のまま止まっていた。

これじゃお土産に持って帰ってもらう訳にはいかない。
お客さんが帰られたあともホームベーカリーを放置しておいたら、ややあってパンが焼けた。
でも出来上がったのはカンカチのパンだった。

カンカチのパン
失敗したカンカチのパン

ホームベーカリーの取扱説明書をみても失敗の原因がよくわからなかったので、メーカーに電話相談したら 『電池が切れてるんじゃないですか』 とのことだった。

このホームベーカリーは6~7年前に買ったものだが、家内は、それ以来電池を交換した記憶がないという。
それで、電池を取り出してみた。

取りだした電池

CR2354 というコイン電池だ。
近くのスーパーや薬品店、さらにはコンビニまでまわった。
どのお店も コイン電池 は何種類も置いてあるものの CR2354 は なかった
じゃーと思ってホームセンターに電話したら 『 置いてません 』 という。
こんどはやや遠いが家電の量販店に電話した。
やっぱり 『 申し訳ございません 』 とのこと。
ええっ !? どーしたの

『電池を入れなくてもパンは焼けます』

取扱説明書には 『電池を入れなくてもパンは焼けます』 と書いている。
しかし、焼き上がり時間とかわからないし、やっぱり電池はほしい。
困った。 困った

近くのスーパーやコンビニをまわって分かったのは、コイン電池(およびボタン電池)の種類がとても多いことだ。
種類が多いのは、ふだんの生活で なんとなく 気づいていた。
しかし、種類が多すぎる !!
お店にとっても、売れるか売れないか分からないこれら電池を店頭にそろえておくのは大変だなぁと 同情した

これだけ乱立してしまったのは工業会の規制が甘かったのか。
コンシューマーのことを考えたら、種類をも少し絞ってもいいのじゃないか、と思った。

2017.1.25

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追記 2017.1.30
結局、CR2354 は Amazon で購入することにした。
ふつうなら、翌日には配達されるのに、今回は遅くて、きょうになって届いた。

店頭にもない、通販でも時間がかかる。
CR2354 に何が起こったのだろうか。

届いた電池
やっと届いた電池

どーでもいいことだが、届いた CR2354 は Made in Indonesia になっていた。
日本の産業空洞化が進んでいる、ということか?

2017.1.30










うれしい積雪

2017.1.15

きのう昼間は小雪がチラチラする程度だったが、夕方から吹雪だし、夜にはぼたん雪に変わった。
この調子ならあしたは積もるな・・・ と思いながら床(とこ)についた。
けさ ()が明けると結構積もっていた。
私は 雪を見るとじっとしておられない タチなので、さっそくカメラを引っ下げて京都御苑(きょうとぎょえん)に向かった。
自転車は危ないから、当然 <歩き> だ。

雪の散らつく御苑内に入ると一人の老婦人が歩いていた。
「(雪が)よー降りますな」 と、同意を求めるように声を掛けたら 「(私は)雪国の生まれですから(雪は)珍しくないです」 とのこと。
聞けば北陸の生まれだそうだ。

雪国の生活を描いた 『北越雪譜(ほくえつせっぷ)』 の中で、著者は 『大雪が降ると生活できないから一家総出で除雪するが、一銭のもうけにもならない ばかりか、また降り積もるので元の木阿弥となる』 と嘆いていたのを思い出した。
雪国の人にとっては雪は苦労の種だが、京都では珍しいので、不謹慎がも知れないが、いい雪景色が撮れないか気もそぞろだった。

雪の京都御苑
京都御苑は一面の銀世界、2017.1.15 07:40 AM

建礼(けんれい)門の前まで来た頃には ぼたん雪に変わった。

建礼門
ぼたん雪が降り始めた、2017.1.15 07:45 AM

いつもなら 京都御苑の 雪の風景 を撮りに来る人がいるもんだが、きょうはひっそりしていた。
その先にある建春門に回ってみた。
(から)破風(はふう)の立派な門なので、『絵』にならないかと思ったが、私の腕ではこんなものしか撮れなかった。

雪の建春門
桜の枝の向こうに建春門、2017.1.15 07:50 AM

これだけ積もるのは珍しいので、男の子が雪の上ででんくりがえりしたり、跳ねたり横たわったりして ほたえて いた。 ↓
(註: <ほたえる> とは戯れるとかふざけるという意味の京都の方言)
お母さんは こどものさせるのに任せていた。
こういう場面では、お母さんは「あかん あかん」 と言うところだが、そうは言わず温かい目で見守っていたところがえらかった。

ほたえる子どもたち
ほたえる子どもたち、2017.1.15 08:10 AM

きょうの積雪量は京都地方気象台の発表では 14cm だったそうだ。(1月15日午前9時ごろの記録)

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雪は昼ごろ 一旦止んだ。
そこで、午後になってもういちど御苑を訪ねてみた。

残された雪だるまが溶けかかっていた。

残された雪だるま
残された雪だるま、2017.1.15 14:40 PM


早朝は一面の銀世界で視界が悪かったが、同じ場所に立ってみると、東には大文字山がクッキリ見えていた。

雪が止んだ京都御苑
こちらは けさ 07:40 AM に撮った同じ場所から、2017.1.15 15:05 PM

大文字山
上のアップ写真、2017.1.15 15:05 PM
白い三角形が大文字の部分

帰ろうとしていたら、カメラをぶら下げた男性がいたので 「ええ写真 撮れましたか」 と声をかけた。
聞けば横浜から京都の冬景色を撮りに来たという。

きのうホテルの人に 「あしたは雪、降りません」 と言われたので、ホテルをキャンセルして横浜へ帰ろうとしてると、空模様が変わってきたので、またホテルの予約を取り直し、一泊してけさ <雪の金閣寺> を撮りに行ってきました、という。
(それで、横浜に帰る前にちょっと京都御苑に立ち寄ったのだという。)

「どーでした?」 と聞いたら 「すっごくキレーでした、撮りに行った甲斐がありました」 と興奮しておられた。
「たくさんの人やったでしょ?」 と聞いたら 「入場するのに10列で100メートルほど並び、1時間ほど待ちました」 とのこと。
へー、<雪の金閣寺> は人気があると聞いていたが、そりゃすごい。
(私はまだ行ったことがない。)

雪の京都御苑
或るサイトには けさの <雪の金閣寺> の画像が載っていた

きょうのわたしでした。

2017.1.15









夜空を見あげて

2017.1.2

日暮れの町を歩いていたら、南西の空に 細くなった 三日月と金星 が並んでいた。
きょうの 金星は いつもより明るくて目立つように思えた。
(わぁ 珍しい!! あの星が三日月の右にきたら トルコの旗 みたいになるんやけどなぁ)と思った。

(こんなことは めったにないことやないか) と思い直して、急いで用事を済ませてウチに帰り、カメラを出してきて 写真を撮った。

mikaduki_251.jpg
京都市内で、2017.1.2 17:32 PM、カメラは Olympus Tough TG-2

コンパクトデジカメなので、望遠は光学4倍、シャッターの調節も利かないので、自動露出で撮った。
その割にはウマく写ってる。

さらに拡大してみると、このとおり。

mikaduki_252.jpg

おっ! 月の影の部分もちゃんと写ってるではないか。

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三日月と金星が並ぶ(近づく)のはどれ位の頻度で見られるのだろうか。

月は毎日形が変わる。
新月 → 三日月 → 上弦の月 → 満月 → 下弦の月 → 新月
空に出る時間(月の出の時間)は、毎日少しずつ(1時間余り程度)遅くなり、1か月で元に戻る。

一方、金星は惑星なので星座とはやや動きが違うものの、ほぼ1日で1周する。
太陽に近い存在なので、太陽よりもあとの(左にある)ときは「宵の明星」と呼ばれ、太陽よりも先の(右にある)ときは「明けの明星」と呼ばれるような変化はある。

そう考えると、金星が「宵の明星」のときは 毎月1回 はこのように三日月と金星が並ぶ(近づく)ことがあると考えられる。

しかし、なぜ「珍しい」と思うのだろうか?
星は晴れてないと見えない。
晴れの日は結構あるだろう(半分以上?)

ということは、珍しくない ということだ。
ただ、気づくことが少ないので、気づいたときは「珍しい !」と感激するんだろう。
ただそれだけのことのようだ。

なーんだ、「珍しい」と思ってわざわざカメラを持ち出してきて撮るほどのこともなかったようだった(残念 ‼️)。

2017.1.2











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shochan31

Author:shochan31
名前が しょうじ なので障子が背景となっている。ペンネームはアルファベットで shochan(しょうじの愛称)だが数字 31 の由来は不明だ。

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