無名の建築家

2017.5.27

京都には金閣、銀閣という有名な楼閣建築がある。
それに、飛雲閣(ひうんかく)を併せて「京の三閣」という。

飛雲閣は浄土真宗本願寺派の総本山、西本願寺の境内にあるが、ふつうは非公開なので見る機会が少ない国宝である。
そういう私も見たいと思いながらその機会がなかった。

このほど浄土真宗の門主が代替わりした「伝灯奉告法要」を記念して公開、しかも夜に公開されるというので整理券をもらうのに並んだ。

行列

開門は午後7時だというので、少々待った。

花灯明整理券

これが国宝飛雲閣。
夕暮れの空に灯がともった建物が浮かび上がり息をのむ美しさだ。

飛雲閣
2017.5.27 19:25 PM

唐破風と入母屋破風を混ぜて用い、左右非対称の複雑な造りだ。
江戸初期と言われるが、いつだれが作ったのかわからないらしい。
左右非対称は後世の改築のせいかも分からない。
わからないことの多い建築物だという。

そもそも、昔の建物は建築家(設計士)の名前が残っていない。
せいぜい○○城は××の築城だ、といわれる程度だ。
こんな独創的な建築をしたのに、なぜ建築家は無名なのか。
それがしきたりと言われればそれまだが、不思議なことだ。

2017.5.27






人手不足対策

2017.5.21

昨近、ヤマト運輸や佐川急便など宅配各社の人手不足が深刻だという。
そもそも、ネット通販の普及で取扱量が急激に増加している。
さらに、アマゾンなど大手法人顧客には特別ディスカウントで配送を請け負っているらしい。
だから低賃金で残業手当も支払われないことになる。
ブラック企業との声もささやかれている。
それが人出不足に拍車をかけることになる。
もう悪循環だ。

そのうえ、宅配全体の約2割が<不在・再配達>だという。
「ウラで洗濯物を干している間に配達が来たが、チャイムが聞こえなくて”不在”扱いになった」というケースや、極端な場合は「時間指定で不在、再配達でも不在、再々配達でも不在」なんていうケースもあるらしい。
配達員さんはほんとに気の毒だ。

多くの受取人は、昼間は仕事や外出して不在だろうから、結局は帰宅しても受け取り可能な 20時~21時の時間帯に配達希望が集中する。
その上、当日配送サービスの増加で 20時~21時配達の件数が増える。
悪いことずくめだ。

ネット通販は品揃えが豊富で低価格なのが魅力だ。
だから私もときたまアマゾンなどのを利用し、そのメリットを享受させてもらっている。

だが一方で、宅配会社の手はなるべく省いてあげたい、との気持も働く。
今回ネット通販で買いものをしたとき、配達先を指定する画面で、コンビニ店や宅配会社で受け取る選択肢があった。
コンビニ店を指定したって、どうせ宅配会社がコンビニ店まで運ぶ手間がかかる(不在の恐れがないだけ)。
だから今回は、≪宅配会社で受け取る≫を選択してみた。
2日前のことだ。

けさ早く、アマゾンからこんなEメールが届いた。

アマゾンから届いたEメール
アマゾンから届いたEメール

ヤマト運輸の営業所は歩いて5分くらいのところだし、すぐ受け取りに行った。
でも、別に(当方には)何の特典もない。

受け取った荷物
「営業所止置き」の荷物を受け取った

ま、私は<宅配会社の手はなるべく省いてあげたい、との気持>でこの方法を選んだが、世の中善意の人ばかりではなかろう。
コンビニ店や宅配会社で受け取る選択肢を増加させ、宅配会社にメリットがあるようにするには、やはり何らかの インセンティブ が必要だろうと思った。
例えば、「コンビニ店で受け取ったら50円引き」「宅配会社で受け取ったら100円引き」とかね。

そして更に、不在の場合は何らかの ペナルティー も併用したらどうだろうか。
例えば、「不在の場合は基本的に最寄りの営業所まで受け取りに行く」「再配達は別料金がかかる」とかね。

そうしないと、宅配便の悪循環は断ち切れないのではないか。
新しい宅配ルールが浸透するのを期待したい。

2017.5.21
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追記 2017.9.14

きょうの日経朝刊に 『宅配便54円引き』 との記事が出ていた。
ヤマト運輸は、宅配便の届け先を同社の配達拠点に指定すると54円(税込み)値引きする、という。

日経新聞、2017.9.14 朝刊 p.13
日本経済新聞、2017.9.14 朝刊 p.13

私が上で書いたことが 来月から実現することになった。
ただ、「宅配会社で受け取ったら100円引き」 とはならず、50円引き(消費税込みで54円)となったようだ。
あわせて、「コンビニ店で受け取った」 場合の値引きは実現していない。

新聞記事によると、この値下げは、運賃の値上げと抱き合わせらしい。
やっぱり、上で書いた人出不足は厳しいようで、今回の値上げになったようだ。

2017.9.14








400年前のイベント

2017.5.18

明治維新まで 天皇のおられた内裏(だいり)があった土地 (その場所はいまそのままある) の産土神(うぶすなかみ)御霊(ごりょう)神社だそうだ。

昔、疫病(伝染病や食中毒)はたくさんの死者が出るため最も恐れられていたものの一つだった。
当時、疫病は非業の死を遂げた人の霊(御霊)のたたり(怨霊(おんりょう))と考えられていた。
平安遷都の前に非業の死を遂げた早良(さわら)親王の怨霊を鎮めるために、平安遷都の年(794年)に桓武天皇が創建された神社で、それゆえに 『御霊神社』 と呼ばれるようになった。

江戸時代、御霊神社のお祭り(御霊祭)の行列が内裏の朔平(さくへい)門を訪れ、そこで天皇や皇族方に神輿(みこし)をご覧いただいていたが、明治になって天皇がおられなくなってからは祭の内裏訪問は途絶えていたという。
そして、平成21年(2009年、いまから8年前)に祭の行列の内裏巡行が復活したのだそうだ。

・・・ という話は聞いていたが、御霊祭の行列は見たことがなかった。
きょう5月18日は長い伝統のある御霊祭ということで、見に行った。

まず剣鉾(けんぼこ)が2本、次いで牛車(ぎっしゃ)が 朔平門の手前にある御門をくぐったあと、3基の神輿(みこし)が入っていった。

この神輿( )は3基のうちの2基め。
北之御座・今出川口の神輿で、元和5年(1619年)に後水尾(みずのお)天皇が即位されたとき、不要となった先代の後陽成天皇の鳳輦(ほうれん)を下賜されて神輿にしたものだそうだ。

御霊祭の神輿が御門から入る
2017.5.18 17:33 PM

「ホイト ホイト」の掛け声に合わせて、神輿は御門から内裏の朔平門に向かう。

御霊祭の神輿が内裏に向かう
2017.5.18 17:37 PM

朔平門前に到着した3基の神輿。
いまは天皇は不在だが、祭文を奉じる。
もう6時近くで太陽が西に傾いているが、きょうは快晴で日差しはきつい。

神輿3基を内裏前に並べて祭文を奉じる
2017.5.18 17:45 PM

そして1基ずつ、天皇不在の朔平門前で神輿振りを行う。
晴天続きで乾いているため、砂ほこりが舞う。

朔平門まえで振るう御霊祭の神輿
2017.5.18 18:01 PM

神輿を振ることで、神輿に乗る神様(御霊)に清めていただき疫病を取り去る効果があるのだそうだ。
一緒に見ていた隣の人が解説してくれた。

祭の行列は再び鎮守地域の町を練り歩いて神社に戻って行った。

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後陽成天皇の鳳輦と聞いて、じゃぁ後陽成天皇はこの鳳輦に乗って聚楽第(じゅらくてい)に行幸されたのか。(天正16年(1588年)と天正20年(1592年)の2回)
そう思うと、400年以上昔のイベント が急に身近に感じられたのであった。

2017.5.18











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名前が しょうじ なので障子が背景となっている。ペンネームはアルファベットで shochan(しょうじの愛称)だが数字 31 の由来は不明だ。

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