国宝に圧倒される

2017.10.28

きょう市内の或る会に参加した。
隣に座った人との雑談の中で、すぐ近くの京都国立博物館でいま開催中の 『国宝展』 がよかったということを聞いた。

その方は 「上品(じょうぼん)蓮台寺の絵因果経があった」 「(漢委奴(かんのわのなの)国王の)金印はなかった」 などと造詣が深い。
私は 『国宝展』 がいま開かれていることは市内のポスターなので知っていたので、まぁそのうち行ってみようかな ・・・ くらいの感覚だった。

その方は 「午前中に行ったらずいぶん混んでいました。夜8時までやってる土日の夕方の時間帯は比較的空いていると聞きましたよ。」 と教えてくれた。
へぇー、そうか。 きょうは土曜やし、会は3時過ぎに終わる。
ちょうど都合がいいので行ってみることにした。

41年ぶり、夢の8週間!!
41年ぶり、夢の8週間!! というふれこみ

「41年ぶり」 とある。
なんのことかと調べてみたら、「京都国立博物館ではこれまで、昭和44年(1969年)、昭和51年(1976年)と、2度の「日本国宝展」を開催してきた」 という。
そして今回は 「41年ぶり、京都国立博物館で、関西で、3度目」 なのだそうだ。
国宝ばかりを集めた展覧会はそう滅多に開かれない、ということらしい。
実際、今回は国宝885件 (移動できない建築や大きな仏像などは除く美術工芸品の総数) のうちの約4分の1の約200件が一堂に会するという。
博物館がいう 「まさに奇跡!」 という表現はオーバーにしても、滅多にない機会だ。

入館するとすぐ「曜変天目 京都・龍光院 展示中!」の看板。
普段は非公開の茶碗も展示されているとのこと。
へぇー、龍光院もずいぶん奮発してくれたようだ。

曜変天目展示中の看板
入館するとすぐ「曜変天目 京都・龍光院 展示中!」の看板

展示は3階から始まり、徐々に下に降りてくる。
まず3階、考古の部。火焔型土器。
昔、まだ国宝に指定されてないときだったが、新潟の十日町市博物館まで火焔型土器を見に行ったことがあった。
しかしそのときは、修復中だか貸し出し中だか理由は忘れたが見られずに帰ってきた記憶がある。

火焔型土器No. 1
国宝に指定されている火焔型土器のうちNo. 1

国宝に指定されている火焔型土器は14点あるらしいが、指定番号1 の火焔型土器が期間限定で展示されていたのはラッキーだった。
小学生の頃、学校で「縄文式」と聞いてもよく理解できなかった記憶があるが、この土器は「縄文」がよくわかってうれしい。
大陸から渡ってきたか南方の海上から渡ってきたか、はたまた土着だったかわからないが、原日本人、われらの遠い祖先の芸術的センスがうかがえる。
縄文土器の白眉とされるらしいが、見ていて飽きない。

2階に降りると仏画のコーナー。
お馴染み、知恩院の早来迎。

知恩院の早来迎
知恩院の早来迎

往生するや否や 阿弥陀さんが急行して迎えに来てくれはる というありがたい図だ。
オーディオ解説では 「桜が満開の3月、金色の仏さんたちが紫に縁どられた雲に乗って降りてくる」 と言っていたが、色彩はそこまで分からなかった。
描かれた当時(鎌倉時代)は さぞかしカラフルで ありがたさが増したことだろう。

慧可断臂図ところで、今回の「国宝展」の目玉のひとつは雪舟の国宝6件全て一か所に展示されることだという。

主催者の説明では 「史上初。どの雪舟展でもなしえなかった、贅沢極まりない夢の展示。」 とのこと。

へー、あまり気にとめていなかったが 『史上初』 とはただ事ではないので驚いた。
雪舟は結構見ているような気がするけど ・・・
ただし 6件展示は10月22日まで3週間足らずの期間限定で、いまは「秋冬山水図」「天橋立図」「慧可断臂図(えかだんぴず)」()の3点だけだった。
残念ではあるが、またの機会もあることだろう。

教科書などでお馴染みの 「秋冬山水図」 はとっても小さい絵で、私個人的には雪舟の良さはよく分からない。
一方、「慧可断臂図」 は意外に大きな絵で、洞窟のような岩場の輪郭と達磨さんの輪郭の妙が見事で、二人の真に迫る一瞬を描いてまさに傑作だった。

絵画の部では建仁寺の風神雷神図屏風、長谷川久蔵の桜図などお馴染みの名品に再会できた。

書跡、絵巻物、肖像画、中国絵画、彫刻、金工、染色、漆工と名品ぞろいの最後が 1階 陶磁の部、龍光院の曜変天目だった。

入館するとすぐ目立つように 「曜変天目 京都・龍光院 展示中!」 との看板があったので、どうやら第Ⅱ期(10月17日~10月29日)の目玉のひとつらしい。
以前、東京の静嘉堂文庫美術館に「曜変天目茶碗」 を見にいったことがあった。( こちら、2015.12.18
そのときに見に来ていた人が、「世界に3点しかない曜変天目の中では龍光院のものが一番公開される機会が少ない」 と言っていたのを思い出した。
それがこれなんだ。
うーん、だからこれだけ人気なのか。
この展示だけは、列に並んで見るようになっていた。
長蛇の列だったが、最前列で間近に見ないのだったら列にならばなくてもいいというので、並ばないで見に行った。

意外に小さいお茶碗だ。
上からは強い光線で照明されていたが、珍しいといわれる曜変天目の美しさは凡人にはわからなかった。

龍光院の曜変天目
龍光院の曜変天目

雨の悪天候だったが館内は結構混んでいた。
2時間ほどかけて駆け足で見て回ったが疲れた。
その疲れは 偉大な国宝に圧倒された<疲れ>だと思った。

2017.10.28









実はおいしい

2017.10.19

家内の友達が福井県の小浜(おばま)にいる。
きょう、その友達が所属する団体の人たち15人がマイクロバスで京都観光に来た。

それで、私がウチの近くの二条城の中を案内してあげた。
とくに今年は大政奉還百五〇年ということで人気が高まっている観光名所だ。

案内したお礼と言って、小浜名産の 『(さば)の缶詰』 をいただいた。

鯖の缶詰
3種類の鯖の缶詰

上から
味付(本醸造醤油仕立て)
味付(国内産生姜入)
味噌煮(若狭五徳みそ使用)
いずれも筆で大きく書いた 『(さば)』 の文字の左に赤で 『若狭小浜』 と強調してある。

江戸時代、海のない京都にとって、小浜から運ばれてくるサバは貴重な海産物だった。
しかし、サバは腐り易いサカナだそうだ。
そこで、冷凍技術のなかった当時は、生サバを塩でしめて陸運され、京都に届くのに丸1日を要したが、京都に着く頃にはちょうど良い塩加減になり、京都の庶民を中心に重宝された。
鯖寿司は京都ではハレの日のご馳走だ。
小浜から京都に通じる道はいまでも 『鯖街道』 と呼ばれている。
きょうの15人の団体も、マイクロバスで 『鯖街道』 を走ってきたという。

われわれ京都人にとって、小浜といえばサバの名産地だ。
他にも、サバを塩づけにし、さらに糠漬けにした郷土料理 『へしこ』 も有名だ。

ところが、缶詰の裏側を何気なく見て驚いた。
若狭小浜の鯖がノルウェー産と書かれているではないか。
複雑な気分になった。
多分、もう若狭湾では鯖が捕れないのだろう。
そう思った。

鯖の缶詰
味付(本醸造醤油仕立て)

インターネットで調べてみたら、マサバとゴマサバとセイヨウサバがあるという。
『マサバとゴマサバはいずれも日本近海の代表的な<大衆魚>で漁獲量の多い魚だったが、マサバは近年漁獲量が減ってきていまや<高級魚>となっている。』
『マサバを食べるときは、お財布と相談してからのほうがいい。』
とのこと。そして、
『セイヨウサバは、北大西洋を回遊しているため、脂肪含有量がシーズンオフで27%、旬の時期になると30%を越すと言われており、実はマサバよりも脂がのっていておいしい。』
『セイヨウサバは主にノルウェーから輸入される。』 と。
へぇー、そうだったのか。

小浜の人にとっては屈辱かもわからないが、セイヨウサバの方が安くておいしい、ということか。

それでさっそく 味付(本醸造醤油仕立て) の缶をあけ、試食させてもらった。
お酒の肴(さかな)にぴったりだった。

2017.10.19





自己責任で持ち帰る

2017.10.15

きょう徳島で法事があった。
会場の料理屋さんは法事のラッシュだった。
高齢化のすすむ日本では、これからは当たり前の光景になるのだろうか。

法事のラッシュ
法事のラッシュ

それはさて措き、法事のあと別棟に移って食事となった。

食事会場

食べきれない位の料理がでて、「もう食べられんわ」 と思っているところにプラスチックの フードパック が届いた。

プラスチックの容器、フードパックが届いた
フードパック、奥には輪ゴムと手提げ用ポリエチ袋も

こりゃありがたい。
何もお願いしなくても、お店のほうでちゃんと気を利かせてくれようだ。
聞くところでは、徳島では当たり前 だという。

お持ち帰り

さて翻って京都。
ちょうど1週間前、地元の学区の運動会があった。
私が今年は町会長をしている関係で、出場選手や応援していただいた方々に 「打ち上げ」(慰労会) を用意した。
バイキング形式だったが、参加者45人なので、その人数分を頼んだら余ってしまった。
最後に出てきたチャーハンなんか、だれも手をつけず仕舞だった。

もったいないので、お店の人に 持ち帰れないかと頼んだら 「保健所から禁止されている」 とのこと。
食中毒を心配しているようだ。
残ったのはチャーハンだけじゃなく、その他の色んな料理があった。
それら食品の山を横目に帰った。

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食中毒の心配なら、徳島も京都もおんなじ筈だ。
徳島人に比べて京都人は(残った食品を持って帰るなんてみみ(●●)っちい)と考える "ミエ(●●)っぱり” が多いのだろうか。

徳島から電車・バス・電車・バスと乗り継いで、京都のウチに着いたら夜だった。
それからフードパックで持ち帰ってきた お寿司などを食べた。
それからこのブログを書いているが、どーもない。 (お(なか)が痛くならない。)
徳島の方が合理的だ。

たしかに保健所の懸念は、私も分からんでない。
でも、『自己責任』 で持ち帰られるようにしたらどうか。
いろいろ考えさせられた。

なにしろ、食べられる食品を捨てると思うと気が重い。
賞味期限が切れて捨てるのとは訳が違うんだから ・・・。

2017.10.15




【過去の関連記事】 もったいない食品編
行儀の悪い食べ残し (2014.1.10)






栗の実

2017.10.4

秋晴れの京都御苑の一角で何かを探している人がいた。
この付近には栗の木が大小取り混ぜて何本かあるので、栗の実を拾てはるのだと、すぐに分かった。

栗の実を探す人
きょう、2017.10.4 11:10 AM

『収穫、ありましたか?』 と声を掛けてみた。
二人してかなりの時間探したけど、落ちてるのはイガばっかりで、()はすでに誰かに拾われてしまったようだ。
期待したほどの収穫はなかったみたいだったが、それでもある程度は拾えたらしい。

その隣にある別の栗の木の根元にもイガが散乱していた。
この様子からは、今年は豊作のようだ。
でも中身はからっぽで、すでに誰かが拾って行ったようだ。
もっと早よ来んとあかんらしい。

栗のイガ
栗のイガ

都会で生活している私にとっては 栗のイガ さえも見る機会が少ない。
それでイガの写真を撮っていたら、そのとき一陣の風が吹いて、パサッと音がした。
栗の実が風で落ちたようだ。
自分の頭に当たらなかったのはラッキーだった。

いま落ちてきたと思われるイガのところに行ってみたが、イガには実は入っていなかった。
落ちたのと同時に、実が飛び出たみたいだ。
回りを注意深く探したら、飛び出たと思われるキレーな栗の実が2つ見つかった。

落ちてきた栗の実
落ちてきた栗の実


このイガには栗の実が2つ入っていたようだ。
2つだけではしょーがないが、ポケットに入れて持って帰った。

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ところで、栗のイガにはふつう何個の栗がはいっているのか。
インターネットで調べてみたら1~3個で、2個のケースが最も多いとのことだった。

2017.10.4






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shochan31

Author:shochan31
名前が しょうじ なので障子が背景となっている。ペンネームはアルファベットで shochan(しょうじの愛称)だが数字 31 の由来は不明だ。

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