滋賀県に感謝

2018.3.24

京都の街なかに掘割りがある。
滋賀県のびわ湖から 『びわ湖疏水』 をとおって京都市内に入ったところで水路の幅が広くなって、掘割りのようになったところだ。
その掘割りに船を浮かべて遊覧船が春の観光シーズンだけ運航される。
ことしは3月24日(土)から5月6日(日)まで。

題して 『 岡崎 さくら・わかば回廊 十石(じっこく)舟めぐり
桜の頃を過ぎて若葉の頃にも運航されることにちなむ名前らしい。

調べてみたら、2003年に運行され翌2004年から桜の頃に定期的に始まった遊覧船らしい。
5年前私が京都に引っ越してきたときにはあったことになるが、関心なかったので、乗ったことはなかった。
きょう初日で、招待券をいただいたので乗せてもらった次第だ。

ご招待券
いただいた乗船券

むかし物流の多くを船運に頼っていた日本。
大阪から京都までは三十石船で来たらしいが、京都は川が狭いので小さい船に積み替えたらしい。
それが 「十石船(舟)」 の名前の由来だとか。

まず救命胴衣をつける。

救命胴衣
まず救命胴衣をつけて ・・・

救命胴衣はとても小さいので、こんなんで体が浮くんですかと聞いたら、「これはスグレモノで、センサーは水を感知すると自動で膨らみます」 との説明。
あー、そうですか。
紐を指さして 「もし開かないときはこの紐を引っ張ってください」 とのことだった。

いよいよ出発。
往復 3 km 約 25 分の遊覧だ。

十石舟めぐり
別の十石舟とすれ違う

惜しいことに、まだ初日なので掘割りの両岸に植えられているソメイヨシノはまだだ。
京都ではきのう 「開花宣言」 が出たばかりだ。

十石舟めぐり
低い橋の下をくぐるときは天井が下りてくる

でも天気に恵まれて、顔に当たる風も心地よい。

明治時代に作られた 『びわ湖疏水』 は京都市民の飲料水だけでなく、このような船運や発電にも使われた。
飲料水はいまも京都市民の貴重な水源だし、発電も少量ながら行われているという。

そんなことに感謝しながら船旅を楽しんだ。
ただし、桜には早かったことが悔やまれた。
桜は来週ぐらいには見ごろをむかえ、30日(金曜)から4月10日までは夜のライトアップもあるという。

2018.3.24

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追記

京都市は琵琶湖の水を貰ってるので滋賀県に 『疏水感謝金』 として年間2億3,000万円支払っているとのこと。(※ 2016年度以降の年額)
『感謝金』 だから、お水を購入した “代金” ではなく、貰っている感謝の意味を込めた “お礼” ということになる。
私も京都市民だし、市民税を払っている。
だから、私も滋賀県に感謝している訳だ。
いやホント感謝してますよ。
滋賀県に。





堂本印象はスゴイ

2018.3.21

私は緑内障を患っている。
緑内障を診てもらっているのはウチの近くの病院の眼科。
その眼科の待合の壁に堂本印象の絵が さりげなく かかっている。

今週月曜、受診のときも見たが、抽象画なのでイマイチ馴染めないな ・・・ と思いつつ、大して気にも留めていなかった。

第二日赤の壁
堂本印象の絵 「希望と信頼」

しかし一方、東福寺の本堂の天井には「蒼龍図」が描かれているが、こちらも堂本印象の筆になるという、と聞いていた。

蒼龍図
蒼龍図、1933年、東福寺本堂 (ソース: フォト蔵)

同じ画家とは思えない。
なんとなく不思議に思ってはいたが、深く考えたことがなかった。

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ウチの前をとおるバスの終点に堂本印象美術館がある。
そんな便利なところにあるにも拘らず、堂本印象といえば抽象画のイメージがあって、一度も中に入ったことがなかった。

その美術館がきょう(3月21日)にリニューアルオープンしたというので、行ってみることにした。

堂本印象美術館
きょう リニューアルオープン した堂本印象美術館

堂本印象美術館
こちらは リニューアルする前の堂本印象美術館 (ソース: Google StreetView, 2016年8月)


行ってみて初めて知ったのだが、彼は日本画の第一人者で歴史画などを描いていたが、戦後はモダンな内容や西欧人を描きはじめ、昭和27年に半年間ヨーロッパを遊歴したのちは抽象画をに手を染め、さらにが障壁画(襖絵)の他、ステンドグラス、彫刻や陶芸など画業の域を超えて「創造と挑戦」(きょうのリニューアルオープン記念展覧会のタイトル)に取り組んだ人だった。

展覧会パンフレット
リニューアルオープン記念展覧会 「創造と挑戦」

驚くべき多才の持ち主だったことを知った。

その代表作のひとつが「交響」だということで、展示してあった。

交響(1961年)
交響、1961年 (ソース: 堂本印象美術館ウェブサイト)

岡本太郎みたいでよく分からない。

でも、もちろん最初は日本画だった。
代表作のひとつが歴史に画題を求めて描いた 「木華開耶媛(このはなさくやひめ)」 だということで、展示してあった。
うん、やっぱり日本画はいいなぁ。

交響(1961年)
木華開耶媛、1929年 (ソース: 堂本印象美術館ウェブサイト)

彼は額装の絵画の他、屏風、巻物も手掛けているが、なんと障壁画(襖絵)も多く手掛けているのだった。

最初の頃は具象画。
といってもとてもモダンなモチーフだ。

智積院寝殿障壁画
婦女喫茶図、1958年、智積院寝殿

智積院といえば、長谷川等伯・久蔵父子の国宝 「桜楓図」 が有名で、私も何度か見ているし、いまはレプリカがはめられている。(こちら、2014.9.14
そんな古刹にこんな洋風な障壁画を描いたんだ。
襖絵としては前代未聞のモチーフということで、当時は大きな波紋があったそうだ。
固定観念の私も、最初は驚くだろう。
しかし、こうしてみると、うん、なかなかいけるじゃないか。

しかし、次のはいただけない。

西芳寺
1969年、西芳寺

西芳寺とは、世界遺産の通称苔寺のことだ。

法然院
1977年、法然院

こちらは洛東にある法然院の襖絵。

「いただけない」 と感じたが、しかしずっと見ていると、うんなかなかいけるじゃないか・・・ という気分になってくるから不思議だ。
装飾画として見たらいいかもわからない。

という訳で、きょうは堂本印象の画業をたっぷり楽しませてもらった。

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展覧会場に彼の年譜が貼ってあった。
彼が生まれたのはウチから 500m ほどしかはなれていない近所だった。
知らなかった。
そして、亡くなったのはいま私が通っている 病院 だったそうだ。
病院の壁に彼の作品がかかっているのは、亡くなられたあと、家族が病院に寄付したのかもわからない。
あるいは、同じ地域の病院だからと寄贈したのかもわからない。
いまやっと、こんなことが分かってきた。

2018.3.21








伝説の菅原道真

2018.3.18

きょう所要で行く目的地に多少早く着きそうだったので、時間調整のためその近くにある 「菅大臣(かんだいじん)神社」 に寄ってみた。
入口はいつもバスの中から見ているが、境内の中に入るのは初めてだ。

いま2月の中旬。
ちょうど赤い梅の花が見事に満開だった。

菅大臣神社
菅大臣神社の飛梅

神社の説明によると、この神社があるのは菅原道真の邸宅の跡だそうだ。
道真が大宰府に流される前に 「東風(こち)吹かば、匂い起こせよ梅の花 ・・・」 と自宅の庭の梅の花に歌を詠みかけた、その梅 (の何代かの末裔?) だという。
すなわち、世に言う 「飛梅(とびうめ)」 だ。

ふーん、そうか。
すると、いま大宰府天満宮にある梅は、道真を追って大宰府へ飛んでいった梅か。

大宰府天満宮
大宰府天満宮の飛梅

こっちは白梅のようだが、何代か重ねるうちに白に変色したのか、あるいは京都の邸宅跡のが赤に変色したのか。
まぁどっちでもいいが、私は目の前の紅梅の美しさにしばし見とれた。

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ところでこの 「菅大臣神社」 は菅原道真邸宅跡に建てられた神社で、境内には道真公産湯(うぶゆ)の井戸があるという説明もあった。
へぇーどんなもんかなぁ ・・・ と好奇心で探してみたが簡単にはわからなかった。
少し歩き回って、透かし塀のむこうにそれらしき石があった。
長い年月の末に破損してしまったのかも知れない。

しかし待てよ、うちの近くにある 「菅原院天満宮神社」 にも道真公初湯(産湯)の井戸というのがある。
インターネットで調べると、曽祖父菅原古人(ふるひと)以来菅原氏三代(四代?)の邸宅 「菅原院」 は平安京一条三坊十二町にあり、菅原道真はここで生まれたのだという。
平安京一条三坊十二町を地図で確かめてみると、ちょうどこの神社の場所に当たるではないか。
すると、産湯はこっちなのだろうか。

さらにインターネットで調べると、
奈良の大和西大寺駅から南へ800mほどのところに 「菅原天満宮(菅原神社)」 があり、その近くに 「産湯の池」 というのがあるという。
菅原道真の母君が京都からこの菅原の故地(実家?)に帰ってきてここで出産したという。
こちらは産湯の「井戸」ではなく 「池」 と微妙に異なる。

また、京都の南に 「吉祥院天満宮」 という神社があり、その境内には道真の 胞衣(えな)塚 があり、かつては産湯に用いられた井戸があったと伝わる、という。

Wikipedia では菅原道真の生誕地を 7か所 紹介している。
菅原道真後世神格化された人物だけに、出自には尾ひれがついたらしい。

2018.3.18




【過去の関連記事】 見て歩る記 京都編(京都府も含む)
ただし、2015年以降、2014年以前はこちら

伝説の菅原道真(2018.3.18) 菅大臣神社
複雑な土地柄(2017.7.8) 西院駅
400年前のイベント(2017.5.18) 御霊神社・朔平門
国際化対応(2017.2.12) 伏見稲荷大社
うれしい積雪(2017.1.15) 京都御苑
壬生狂言(2016.10.10) 壬生寺
初公開の展望台(2016.8.28) 高台寺
比叡山に登る(2016.8.11) 比叡山
千日詣(まいり)(2016.8.1) 愛宕神社
義満という人物(2016.7.9) 金閣寺(北山大塔の破片発見)
大徳寺を訪ねる(2016.5.21) 大徳寺(唐門・黄梅院)
伝統の行事(2)(2016.5.5) 下鴨神社(歩射神事)
伝統の行事(2016.5.3) 下鴨神社(流鏑馬)
国宝候補(2016.5.3) 相国寺
すわ大事件(2016.4.28) 蛤御門
京都・寺町を行く(2016.4.23) 本満寺、阿弥陀寺、天寧寺
花より団子か(2016.3.26) 本満寺
軒端の梅(2016.3.5) 東北院
紫野の義経と弁慶(2015.11.8) 紫野地区
京都検定のお勉強(2015.11.1) 妙心寺
人気ナンバーワン (2015.10.4) 伏見稲荷大社
巨椋池跡を歩く (2015.9.27) 太閤堤、填島城跡
1年の折り返し(2015.6.30) 白峯神宮
「投」薬とは (2015.3.15) 東福寺
迷路の京都(2015.3.7) 『辻子』
雪で明けた新年の初詣 (2015.1.2) 上賀茂神社







ほたるを飛ばそう

2018.3.11

ウチの近所に流れる堀川でホタルを飛ばそうという会が、近所の子供たちを集めてホタルの幼虫を放流するというので見に行った。
堀川は京都市内の真ん中を流れる川で、川に沿って幅20メートルもある幹線道路があり、夜でも交通量が多い。
防犯のため夜も街灯が灯っていて明るい。
そんな厳しい環境のなかで、地元の有志が過去13年間やってきたという。
野次馬根性で見に行った。

ポスター

放流会の会場にはすでにホタルの幼虫がバケツに入って用意してあった。
聞けば、幼虫を売ってくれるところがあるらしい。
近くでは奈良県山添村、奈良県大和郡山市にあるらしいが、この会は兵庫県小野市で買ってきた幼虫で、ゲンジボタル(源氏蛍)だそうだ。
1匹300円はするという。

ホタルの幼虫
バケツに入った幼虫

それを発砲スチロールのお椀に5匹ずつ位分ける。

ホタルの幼虫
お椀に分けられた幼虫

へー、これが幼虫か。
初めてみる印象としては意外と大きいなぁ ・・・ といったところ。
「これがヤゴですか」 と聞いたら、ヤゴはトンボの幼虫のことだそうだ。
とんだところで恥をかいた。
「ヤ」 ンマの 「子」 というのがヤゴだ語源だそうだ。(Wikipedia)

ホタルの幼虫
意外と大きいなぁ

さっそく放流。
川は結構傾斜があり、流れが早い。
真っすぐ流れてよどみがない。
幼虫が流されないように木の板で囲ってある。
それでも水の流れはある。
流されてしまわないか心配だ。

ホタルの幼虫を放流
さっそく放流

4月になって平均水温が13℃以上になったら幼虫は土の上に這い登ってきて土にもぐるらしい。
都会の土だし、或る程度踏み固まっている。
うまくもぐってくれるか心配だ。

それから50日程度、6月上旬頃成虫となって飛ぶという。
このとき光るのだが、上陸後成虫にまでなる確率は40%以下だそうだ。
うわー これは厳しい !!

6月上旬頃まで待つとしよう。

2018.3.11

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追記 2018.5.31

あれから2か月半。
ほたるプロジェクトから 『ほたるが飛んでいる』 と聞いて見に行った。

ほたる
おーっ、いたいた
2018.5.31

ほたる
ともった
2018.5.31 08:50 PM


大成功。




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shochan31

Author:shochan31
名前が しょうじ なので障子が背景となっている。ペンネームはアルファベットで shochan(しょうじの愛称)だが数字 31 の由来は不明だ。

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