異体字

三宅安兵衛 | 金戒光明寺 | 清荒神 | 異体字 | 浄土真宗最初門2018.4.28

いよいよゴールデンウイークの始まりだ。
そのゴールデンウイークにあわせて、春の「京都非公開文化財特別公開」がはじまった。
ふだんは公開されない文化財を特別に見せてくれるという催しで、今回は京都一円19箇所で行われるという。

そのひとつ、金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)の山門が公開され、お金を払えば上に登れ、京都の街が一望できるというので出かけてみた。
ウチから自転車で20分くらいの距離なのでゆるゆる走っていたら、目的地のずっと点前、清荒神(きよしこうじん)というお寺の前で写真を撮っている人がいた。

三宅安兵衛遺志碑
清荒神の門前で

その方は京都の南方にある枚方市(ひらかたし)から自転車で来たという。
聞けば、『ウチにぢっとしているとカミさんに叱られるので、外に出て三宅安兵衛遺志碑を巡ることにしている』 という。
この方は石碑を撮っておられたのだった。

石碑を指さして 『日本最初 清三寶・・・ の「最」がウガンムリになってるでしょ』 と私に説明してくれた。
へぇー どれどれ。
上の方で小さな字だから気づきにくい。
『これはパソコンで変換でけへん文字や』 とのこと。
んー、なるほど !! こんな字は見たことない。

三宅安兵衛遺志碑
日本最初 清三寶・・・

石碑の裏にまわって、『ここに「三宅安兵衛遺志」と彫ってあるでしょ。』
『こういう石碑が 京都市内や南の郊外に 400本ほど建ってます。』
ふむふむ、たしかに 「大正十五年十二月建之 三宅安兵衛遺志」 と彫られている。

三宅安兵衛遺志碑
「大正十五年十二月建之 三宅安兵衛遺志」と彫られている

その方は、400本ほどあるという三宅安兵衛の石碑のリストを手にしておられ、この石碑の幅や高さなどのサイズを巻尺で計り、「最」の字が違うことなどを鉛筆でそのリストに書き込んでおられた。

---------------------------------------

その方からいろいろ教えてもらったので礼を述べて別れ、それから金戒光明寺に着いた。
山門は小高い丘の上にあるので≪そびえている≫という感じだ。
楼上には大きな扁額がかかっている。

金戒光明寺山門
金戒光明寺山門は小高い丘の上にある

案内板に従って進む。

金戒光明寺山門
特別公開はこちら

立地がいいので、楼上からは京都の街が一望できる。
安置されている諸仏や天井画などの説明のあと、扁額について説明があった。
『このお寺は法然上人が悟りを開かれた場所に建てられ、浄土宗のお寺 です。
 法然は浄土宗の開祖とされる。
扁額には「浄土()宗最初門」 とありますが、これは浄土()宗の門という意味ではありません。法然上人が最初に浄土の教えの真実義を弘められた念仏発祥の地との意味です。』
たぶん誤解され易いんだろう。
これを読めば 誰だって 浄土真宗 の寺院で最初に建てられた山門だと思ってしまう。
浄土宗のお寺に、浄土真宗という違う宗派の名前が書かれているのが気になる様子だった。
 この扁額を書いたのは後小松天皇(室町時代)だそうだ。宗派の名前が間違ってても、「書き換えてもらえませんか」 とは言いにくかったのだろうか。

金戒光明寺山門
山門の楼上で説明を聞く

山門の階段を下りて外に出て扁額を見直した。

扁額
扁額には 「浄土真宗最初門」 とある

クローズアップはこちら。

扁額拡大
「浄土真宗最初門」 のクローズアップ

さっきは気づかなかったが、「最初門」 の 「最」 が、こちらもウガンムリになっていた。
さっきの 清荒神門前の石碑と同じ じゃないか !!

---------------------------------------

ウチに帰ってインターネットで調べてみたら、グリフウィキ(GlyphWiki)という漢字字形のサイトがあって、「最」の異体字としてウガンムリの「最」が出ていた。( こちら

異体字としてよく知られているのは 国 ・ 國 、沢 ・ 澤 などの旧字体だが、この程度のフォントはパソコンにも入っている。
しかしこのウガンムリの 「最」 はパソコンにもないマイナーな異体字のようだ。
「最初門」 の扁額よく見ると、このウガンムリの 「最」 は上の 「日」 を略した字体のようだ。
字体というよりも、装飾的に書いた文字のようだ。
だからパソコンのフォントには成りえず、グリフウィキのようなマニアックなサイトにしか見られないのだろう、と思った。
漢字の世界も複雑だ。

2018.4.28






現役の発電所

2018.4.2

先日琵琶湖疏水の掘割りを遊覧船で見て回った。
あれは3月24日、そのときは桜はほとんど咲いていなかった。
きょう所用で、その掘割りの辺(ほとり)を通る機会があった。
桜は満開で、もう散りかけていた。

やや下流にダムがあり、そこに上流から流れ着いた桜の花びらが溜まっていた。
その珍しい光景に 思わずカメラを取り出してパチリと1枚。

夷川ダム
夷川ダム 2018.4.2 16:20 AM

ダムの中州には立派な人物像が立っているのが見えた。
ああ、あれが噂の北垣国道氏か。
琵琶湖疏水建設に尽力された、当時の京都府知事だ。

北垣国道像
金属供出のため撤去とある

説明文の中で 「 ・・・ 第二次世界大戦中の金属供出のため撤去 ・・・ 」 の一節が気になった。
へぇー こんなものまで供出させられたのか。
像は金属の塊だから相当貢献しただろう。
当時、反対する京都市民もいただろうに。
いや、こんなものまで供出したんだぞ !! と京都市民がアピールできたのかもわからない。
世の中が “戦意発揚” と一丸となった恐ろしい時代だったんだろう。
そんなことが頭をよぎった。

台座の碑文も書いてあった。
インターネットで探したら碑文は載っていた。
それをコピーすると ・・・

説明板
台座の碑文も書いてあった


正三位勲二等男爵北垣國道君曩為京都府知事也主講水利廣論都下人士起琵琶湖疏水之工自明治十八年八月至廿三年四月告竣疏鑿三里導流一道而水力之用運輸之利極大矣於是衆咸頌其功胥謀銅鑄君像立于水上以表永遠懐恵之意云
明治丗五年八月建  京都市參事會


悲しいかな、私はほとんど読めない。
当時の人は読めたんだろうか。
当時の人の国語力はレベルが高かったんだなぁ~。

この像は平成2年、1990年に再建されたものだという。
当時私は埼玉にいたので、銅像が再建されたことは知らなかったが、さぞかし話題になったことだろう。

---------------------------------------

その銅像の下流は本当にダムになっていて放水していた。


ダムの放水

ということは、発電しているのか?

ここにも説明板があって、「1914年以来発電している」 と書かれている。
「認可出力 300kw」 の “認可” 出力という意味がよく分からないが、多分監督官庁(国)が “認可” しているんだろう。
それがなんと、たったの “300kw” 。
桁が間違っているのではないかと疑ったが、間違いなさそうだ。

夷川発電所
現役の水力発電所

それでもちゃんと、100年以上にわたって発電しているというからたいしたもんだ。

感心するやら驚くやら ・・・ だった。
京都はいろんなものがあるなぁ 。

2018.4.2




【過去の関連記事】 見て歩る記 京都編(京都府も含む)
ただし、2015年以降、2014年以前はこちら

現役の発電所(2018.4.2) 夷川ダム
堂本印象はスゴイ(2018.3.21) 堂本印象美術館
伝説の菅原道真(2018.3.18) 菅大臣神社
複雑な土地柄(2017.7.8) 西院駅
400年前のイベント(2017.5.18) 御霊神社・朔平門
国際化対応(2017.2.12) 伏見稲荷大社
うれしい積雪(2017.1.15) 京都御苑
壬生狂言(2016.10.10) 壬生寺
初公開の展望台(2016.8.28) 高台寺
比叡山に登る(2016.8.11) 比叡山
千日詣(まいり)(2016.8.1) 愛宕神社
義満という人物(2016.7.9) 金閣寺(北山大塔の破片発見)
大徳寺を訪ねる(2016.5.21) 大徳寺(唐門・黄梅院)
伝統の行事(2)(2016.5.5) 下鴨神社(歩射神事)
伝統の行事(2016.5.3) 下鴨神社(流鏑馬)
国宝候補(2016.5.3) 相国寺
すわ大事件(2016.4.28) 蛤御門
京都・寺町を行く(2016.4.23) 本満寺、阿弥陀寺、天寧寺
花より団子か(2016.3.26) 本満寺
軒端の梅(2016.3.5) 東北院
紫野の義経と弁慶(2015.11.8) 紫野地区
京都検定のお勉強(2015.11.1) 妙心寺
人気ナンバーワン (2015.10.4) 伏見稲荷大社
巨椋池跡を歩く (2015.9.27) 太閤堤、填島城跡
1年の折り返し(2015.6.30) 白峯神宮
「投」薬とは (2015.3.15) 東福寺
迷路の京都(2015.3.7) 『辻子』
雪で明けた新年の初詣 (2015.1.2) 上賀茂神社







筆者のプロフィール ↓

shochan31

Author:shochan31
名前が しょうじ なので障子が背景となっている。ペンネームはアルファベットで shochan(しょうじの愛称)だが数字 31 の由来は不明だ。

最近書いた記事 ↓
月別アーカイブ ↓
このブログ内を検索できます ↓
管理者専用 ↓