暗証番号ボタンの怪

2019.12.27

きょう所用で市内に出かけた際、公営の自転車駐輪場を利用する機会があった。

駐輪
公営の自転車駐輪場

駐輪場所〔ラックという〕に自転車を入れたら、自動で鍵がかかり、精算機でラック番号を入力したら鍵が外れる仕組みだ。
最近、駐輪場所が不足しており、他人のラック番号を押して鍵を外して自転車を出し、代わりに自分の自転車を入れる人がいるという。
その程度なら大した問題にならないが、出された自転車は「放置自転車」と見なされ、持って行かれて罰金まで払わされるケースが発生しているという。
これは、先日のテレビ(全国放送)でも『横取り』として取り上げられていた。
〔たしか、羽鳥慎一モーニングショー〕

対策としては、暗証番号を設定することだという。
なるほど、きょうはそれを知らせる 注意書き が大きく貼りだしてあった。
急遽貼りだした様子がありありだ。

駐輪
暗証番号の設定を促す注意書き

精算機には、暗証番号の設定手順を書いて貼ってあった。
親切だ。

駐輪

と思ったのは早合点だった。
「1. ラック番号を入力し 暗証番号ボタンを押す」と書いてあるものの、精算機には 肝心の暗証番号ボタンがない のだ。
見落としてないか 更に見てみたが やっぱり ない。

駐輪
暗証番号ボタンのない精算機
問い合わせて、9番の右隣の黄色いボタンが暗証番号ボタンだと判明した

駐輪場の管理者に電話したりしてとても時間がかかったが、結局、9番の右隣の黄色いボタンが暗証番号ボタンだということがわかって一件落着。
なぁーんだ。

「清算」「領収証」「取消」のボタンは名称がついているのに、なんで、肝心の暗証番号ボタンだけ、名称が抜けているのか。
不思議だった。
また、電話口に出た駐輪場の管理者も、こんな問合せは初めてみたいな口ぶりだった。
暗証番号ボタンがなくても戸惑う人がないみたいで、これもまた不思議だった。

2019.12.27












男山に登る

2019.12.19

きょう男山(おとこやま)に登る機会があった。
京都盆地の南に位置する山で、山上には石清水八幡宮(いわしみず・はちまんぐう)がある。
標高はわずか143 mの独立峰。麓が12mほどなので、標高差は130mほどだ。

石清水八幡宮は国家鎮護の神宮で、伊勢神宮に次ぐ国家第二の宗廟(そうびょう)とされている。

男山
歩いて登る

普通はケーブルカーで登る。
きょうは故あって表参道を歩いて登った。

きょう初めて知ったのだが、この辺りには『男山四十八坊』と呼ばれる宿坊が多数建っていたそうだ。

曰く ― 
神仏混淆の頃は、石清水八幡宮は神社であるにもかかわらず本殿では毎日読経が流れ、僧侶が社務を取り仕切っていた。
その僧侶らが住まいしていたのが「坊」とよばれる寺院で、遠くから石清水八幡宮に参拝する旅人を泊める宿坊でもあった。
それが明治元年の神仏分離令によってすべて撤去された。
という。
もったいない話だ。
・・・ そんなことを聞きながら落ち葉の散り敷く道を登る。

男山
宿坊跡の石垣に沿って表参道が続く

しばらく行くと石垣があった。
これはその 『男山四十八坊』 の宿坊の跡で、石垣だけが残っているのだそうだ。

やや行くと男山四十八坊の一つ、豊蔵坊の跡という案内板があった。

男山
豊蔵坊の跡

読めば 「徳川家康の祈願所」「徳川家の坊として栄えた」 とある。
そして、「文久3(1863)年、孝明天皇が攘夷祈願を行った場所として有名」 との一節。
うん、孝明天皇が行幸された話は聞いたことがある。

当時はケーブルカーがなかったので、孝明天皇はこの表参道を登ってここまで来られたのだろう。

調べたら、
〔文久3年4月11日=当時の旧暦〕 朝内裏を出た一行は夕方男山の麓に着かれた。
天皇は板の輿に載って登られ、ここ〔豊蔵坊〕に到着して宿舎とされた。
丑の刻(午前2時頃)石清水八幡宮で攘夷祈願され、将軍後見職・徳川慶喜に攘夷の節刀(せっとう)を授けようとしたが、慶喜は急に下痢をおこし麓で横になっていた。
〔徳川家茂は急病のため行幸のお供を辞退していた。〕
とのことだった。
節刀は敵を平らげるため大将に授けられる刀で、受け取ってしまうと攘夷せねばならなくなる。
将軍家としては開国の条約を諸外国と結んでしまっているので、いまさら攘夷などできない。
将軍家は進退窮まったところで、ストレスのため腹痛をおこした、という訳か。
結局、家茂も慶喜も節刀授与は避けられた ・・・

やがて石清水八幡宮の社殿。

南総門
南総門

厄除開運を祈願してから、社殿周りを一周する。
廻廊の東北角が鬼門封じのために削られていた。

鬼門封じ
鬼門封じの切り込み

鬼は角(かど)から侵入してくるという。
京都市内で見かける鬼門封じは四角く切り込んであるが、それだと角が増えて二つになる。
リスク倍増で 逆効果だ。
しかし、斜めに削れば角がなくなる。
すばらしいアイデアだ。

感心して山を下りた。
帰りは、急ぐのでケーブルカーで下りた。
ほんとは歩いて下りたかったのに ・・・。

2019.12.19







不可能を可能に

2019.12.16

京都ではめったに電車に乗ることがない。
きょう上京する機会があり、山手線の電車に乗った。
すると、車内ではビデオで広告が流れていた。

東京-NY間を3時間で結ぶ飛行機。

BioGen
東京-NY間を3時間で結ぶ飛行機

えっ ?!

BioGen

東京-NY間を3時間で結ぶ飛行機。
刺激的なメッセージに惹かれてそのビデオの続きを見た。

BioGen

Go to the moon by elevator. (月へエレベーターで行く)
地震予知とか。
タイムマシーン。

BioGen

IMPOSSIBLE
この世の中は不可能であふれている

BioGen

神経科学の不可能を、可能に。

BioGen

アルツハイマー病、多発性硬化症(MS)、パーキンソン病 ・・・

BioGen

世界で10億人もの人々が苦しんでいる

BioGen


バイオジェン・ジャパンという製薬会社のビデオだった。
10億人か ・・・
世界の人口はいま85億人〔2019年現在〕というから、11.7%という計算になる。
オーバーな表現だ。
広告だから仕方ないか。
ま、「10億人」は措くとしても、要するに 神経系の難病に苦しむ人は多い、という意味だろう。

一方、私は 治療が IMPOSSIBLE といわれる色弱だ。
ひとくちに色弱と言っても程度の差がいろいろあるが、色弱者は世界に何人いるか。
日本人の男は5%程度だが、ヨーロッパでは8~10%程度、アフリカ系で2~4%程度との情報がある。
おしなべて6%と仮定すると、85×0.06=5.16、約5億人。
この数字は男女だから、男だけだとその半分 2.5億人となる。

網膜がおかしいのだから、治らないのはわかる。
この会社の言うように、不可能が可能になる時代がくるのだろうか。

色覚にとくに関心があり、日ごろ悩んでいる私にとっては、可能にしてほしい気持ちは切だ。

2019.12.16









東と西の僅かな違い

2019.12.15

わが国最大の宗派は浄土真宗。
ウチの宗派もその浄土真宗だが、法事の時には「正信偈(しょうしんげ)」がよく読まれる。

きょう、義理の叔母さんの一周忌法要に参る機会があった。
そこでも「正信偈」が読まれた。

浄土真宗にはお東さん(大谷派)とお西さん(本願寺派)、つまり「東」と「西」がある。
ウチの宗派は西の本願寺派だが、叔母さんのウチの宗派は東の大谷派だ。

勤行集
一同が手にした 「勤行集(ごんぎょうしゅう)」

東と西では「正信偈」の読みかたが少し違う と聞いている。
果たしてどうなのか ・・・ ?

「勤行集」に載っている「正信偈」をお坊さんが読み進むうちにわかった。
「上」と書いてある行は音階を少し高くするのだ。
それに倣って参会者一同も従った。

正信偈
このページ2行目 「偏歸安養勤一切」 の上に 「上」 の文字

たしか、西(本願寺派)の「勤行集」には、このような「上」の文字はなかった。
だから音階を少し高くして読むことはなかった。

東の「勤行集」にはここ以外にも「上」の文字は何か所も出てきた。
なるほど、読みかたが違うとはこのことだったのか !

きょうは長年の疑問が解けた。

2019.12.15




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shochan31

Author:shochan31
名前が しょうじ なので障子が背景となっている。ペンネームはアルファベットで shochan(しょうじの愛称)だが数字 31 の由来は不明だ。

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