なぁんだ酔芙蓉かぁ

酔芙蓉 | 芙蓉2021.9.24

けさ近くの道を歩いてたら、道ばたに 白い花と赤い花が並んで 咲いていた。
世話する人もない荒れた緑地に生える芙蓉の木だ。
ふたつの花は別の茎じゃないかと思ってのぞき込んだが、ひとつの茎 だ。

不思議な現象だと思ったので、証拠写真にと思い、急いでカメラを取り出しさっそくパチリ ・・・

芙蓉
不思議な芙蓉の木 撮影時間は朝の9時40分

すぐ思い出すのは一本の木に紅白の花が混ざって咲く 「思いのまま」 という梅の木だ。
しかし、「思いのまま」 は紅白のコントラストがこんなに明白ではない。

芙蓉

珍しい発見か !! と思って、興奮してウチに帰った。

芙蓉

インターネットで検索してみると、すぐ出てきたのは 「酔芙蓉」 だ。
なぁーんだ、酔芙蓉かぁ
咲いた白い花が赤く変わるのが、お酒に酔っぱらって顔が赤らむ様に見たてて 「酔芙蓉」 と呼ばれる芙蓉があることは話に聞いている。
“大発見か” と興奮したのは早とちりだった。

どのサイトにも 「酔芙蓉」 にの説明が出ている。
朝、咲き始めは白色で、午後には淡い紅色に、夕方から夜かけて濃いピンク(紅)色に変わって萎む一日花。
ん?「一日花」 とすれば 赤と白が同時に見られるはずはない。

獅子頭インターネットで更に調べて見ると、こんな情報もあった。 曰く ―
「酔芙蓉」 の変種で一つの花に 白と赤が入り混じって咲く 「獅子頭」 という品種がある。

「獅子頭」 の画像もネット上にあった。
でも、これは一つの花に二色混ざる品種だから、けさ私が見たのとは違う。

結局のところ、私の推理による結論は ―
花を見たのは朝9時40分頃だった。
白いのは今朝咲いたとこで、赤い方は萎んでくしゃくしゃになっているのから推測すると、きのう咲いたものだが夜になって散らずに翌朝になってもまだ残っていた、ということになるのだろうか。

不思議な花を見て振り回された私だった。

2021.9.24









遣唐使が伝えた菓子

遣唐使 | 亀屋清永 | 清浄歓喜団2021.9.19

きょう祇園のほうに行く用事があった。
祇園石段下〔※〕にあるお菓子屋さん。
ふつう「石段下」といえば「石の階段の下、階段の登り口」という意味の普通名詞だが、京都で「祇園石段下」といえば八坂神社の西楼門の前にある幅広い石段の下、すなわち四条通と東山通が交差する三差路を指す地名である。
ここで、遠く奈良時代に遣唐使によって伝えられたお菓子 『清浄歓喜団(せいじょう・かんき・だん)』 を売っていることは聞いていた。
そのお菓子をまだいただいたことがなかったので、暖簾(のれん)をくぐった。

お団

面白い形をしている。

お団
入れ物の箱には 『清浄歓㐂團』 と書かれている

どこか縄文土器を思わせる。
触るとふつうのお饅頭と違って固くてカチカチだ。
胡麻油で揚げてあるのだそうだ。

お団

殻を割るのも一苦労だ。
中には小豆(あずき)の餡が詰っていた。
唐から伝わった頃の中身は、栗や杏(あんず)などの実を甘草(かんぞう)などの薬草で味つけしたものだったという。

お団

千年の昔にかえったような気持ちでいただいた。

ところで、『歓喜団』 というと北朝鮮の 「よろこび組」 を連想するが、この 『団』 というのはお団子の 『団』 だそうだ。
なるほど、そう聞けば納得できる。

2021.9.19










着せ綿という風習

重陽の節句 | 着せ綿 | 五節句2021.9.9

きょうは九月九日、重陽の節句だ。
今週一週間だけ限定で、近くの区役所で重陽の節句の展示があった。

展示

日本の四季を彩る 「五節句」。
人日(じんじつ)(正月7日)、上巳(じょうし)(3月3日)、端午(たんご)(5月5日)、七夕(しちせき)(7月7日)、重陽(ちょうよう)(9月9日)。
いずれも旧暦で行われた行事で、いまでは1月7日は七草粥の日、3月3日は桃の節句(ひな祭り)、5月5日は端午の節句(こどもの日)、7月7日の七夕(たなばた)として比較的よく知られているが、9月9日の重陽の節句は名前は知っていても何をする日かわからない。

重陽の節句の展示があると聞いたが、小規模の展示らしいし、見に行こうか行くまいか迷っていた。
日本古来の風習に詳しい知人が 「撮影OKなので、カメラを持ってもいちど見に行く」 というのを聞いて、私も重い腰をあげて見に行ってきた。

まずこれ( )、菊の花に綿が被せてある。

展示

説明には
「着せ綿」
重陽の前夜、菊に真綿を被せ、夜露と香りを移す。この綿で顔や身体を拭うと、不老長寿を保つといわれた。
とあった。

展示

へぇー、一晩で移る香りなど知れているだろうが、そんな微妙なものでも大事にする日本人の繊細な感覚には恐れ入る。

明治維新後、旧暦から新暦に変わり九月九日は菊の開花の時期との関係から、重陽の節句が一般で親しまれることが少なくなった。
との解説もあった。なるほど。

京都では寺社や地域で今も受け継がれています。
へぇー、そうなの? 知らなかった。

展示

他に 「呉茱萸(ごしゅゆ、かわはじかみ)の実」 というのもあった。(

呉茱萸

中国の故事に、九月九日に 「茱萸嚢(しゅゆのう、茱萸袋(しゅゆぶくろ)とも)」 を持って山に登り、「菊酒」 を飲んだところ災いが消えたという話があるらしい。
茱萸袋の中に入っている呉茱萸の実は、邪気を避け、延年の効果があるといわれたそうな。
それが日本に伝わり、その袋を身につけたり、御簾(みす)や御帳(みちょう)に掛ける風習となったそうだ。

また、「菊酒」 の故事が日本に伝わり、菊は邪気を祓う延命長寿の花とされ、「菊酒」 も飲まれたという。
こちら( )はその 「菊酒」。
中国では菊の花、葉、茎を黍(きび)や米と混ぜて醸造酒としてつくられていたが、日本では菊の花を浸して飲む。黄菊が本式とされる。

こちらも中国伝来の風習だ。
しかし、それを日本風に作り替えて昇華させる ― 日本人の持つ特技か。
茶道、カレー、ラーメン、仮名文字 ・・・ そんなのはなんぼでもあげられる。

菊酒

ふだん見る(知る)ことのない重陽の節句の風習について勉強させてもらった。

2021.9.9
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追記 2021.9.16

きょう歩いていたら近所の老舗人形店の店先のショーウインドーに 「着せ綿」 が飾られていた。

着せ綿

着せ綿

ほら、このとおり菊の花の上に綿が載せてある。
こないだの展示で 『京都では寺社や地域で今も受け継がれています』 と書かれていたが、知らなかったし信じられなかった。

着せ綿

この老舗人形店では毎年このように飾っているのか知らないが、多分毎年この季節にはこのように飾っているんだろう。
ちゃーんと 『受け継がれて』 いるんだった。

しかし、知らなかったらただ通り過ぎていただろう。
先日、重陽の節句の風習について学んでいたので、私はこの飾りに気づいた。
やっぱり学習って大切だなぁ ・・・

2021.9.16








超珍しい日本の国宝

ポルトガル国印度副王信書 | 国宝 | 京都国立博物館2021.9.8

『京(みやこ)の国宝』という特別展が京都国立博物館で開かれている。
新型コロナウイルスが蔓延中なので、この展覧会は感染症拡大防止のために、入場時間を指定した予約券を購入しないと入場できない仕組みとなっている。
そこで、億劫になって予約券を入手しそびれていたが、会期が今月12日〔こんどの日曜日 ! 〕までと迫ってきたので意を決して予約し、きょう見にいってきた。

雨の中

予約制で入場者制限をしているせいか、来場者は少ない。

展示

『国宝展』 といえば、2017年の 『国宝展』 も見ごたえがあった。( 記事は こちら
今回も国宝尽くしだか、今回は開催地が京都なので「京(みやこ)の国宝」と題し、京都ゆかりの国宝や皇室の至宝を集めたという。
それでも見ごたえのある展覧会だった。

「書跡・典籍・古文書」の部に 『ポルトガル国印度副王信書』 が展示されていた。
へぇー、これかっ !

ポルトガル国印度副王から豊臣秀吉に捧げられた信書で、京都の妙法院にあることは知っていたがめったに公開されない。
予期せず見られたのはラッキーだった。

文書


信書
これが 『ポルトガル国印度副王信書』。「信書」と言い慣わされているがほんとは「親書」か?

文面はポルトガル語で、秀吉の業績を称賛し在日司祭たちへの好意を感謝しているという。

展示ケースの解説に「冒頭の一文字目Cの中には秀吉の用いた桐の紋章が描かれている」と書いてあった。
へぇー?とのぞき込むと、なるほど秀吉の五七の桐紋が細密画のように描かれているではないか。

信書拡大
冒頭のCの中に五七の桐紋

この親書が描かれたのはポルトガル本国か植民地のインド〔ゴアやムンバイなど〕かよく分からないが、通信もままならない当時、遠く離れた地でよくもこんなに描いたもんだと感心した。
そのCの上には王冠まで描き秀吉に敬意を表していた。

親書が作成されたのが1587年。秀吉は前年に太政大臣に就任し豊臣政権を確立させていた。
それを携えて巡察師ヴァリニャーノがインドを出発したのが1588年。
結局日本に到達したのが1590年(天正18年)暮。

そして、翌天正19年(1591年)閏1月8日(新暦3月3日) 天正遣欧使節が聚楽第で豊臣秀吉に謁見したとき、同行した巡察師ヴァリニャーノから秀吉に手交された。
そのとき、秀吉はまだ関白でよかった。
もう少し遅れていたら隠居して、親書の宛名を書き直さなければならなかっただろうに。

考えてみたら、これ、ポルトガル本国か植民地のインド製かわからないが、ヨーロッパ文明だ。
瑠璃碗すると、ヨーロッパの文物が日本の国宝になっているんだ。
多分、珍しいだろうな。

外国製ですぐ思い浮かぶ国宝は、
正倉院の御物、瑠璃碗はペルシャ製。〔御物は正確には国宝ではないが〕
牧谿の絵画など中国伝来の絵画も国宝。
国宝第1号の広隆寺弥勒菩薩は百済(くだら)製?
しかし、日本の国宝になっているヨーロッパの文物は思い浮かばない。
これはひょっとしたら 超珍しい日本の国宝 じゃぁないかと気づいた。

2021.9.8








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Author:shochan31
名前が しょうじ なので障子が背景となっている。ペンネームはアルファベットで shochan(しょうじの愛称)だが数字 31 の由来は不明だ。

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