なぜ月の庭と呼ぶか

2022.4.30

京都検定で、京都にある「雪月花の三庭園」は各々どこにあるか、という問題が出たことがあったそうな。
それは、「雪の庭」(妙満寺・成就院)、「月の庭」(清水寺・成就院)、「花の庭」(北野天満宮・北野成就坊) で、江戸時代の初めの頃に松永貞徳(1571-1654)という人が、京都に「成就(じょうじゅ)」と名のつく3つのお寺各々にひとつずつ庭を作ったのだという。
京都観光では常識問題らしいが、私には殆んど関心がなかった。

おとといの新聞に 「月の庭が特別公開(・・・・)される」 と載っていた。

紙面
© 京都新聞 2022.4.28 朝刊 p.18 から

へぇー、特別公開 かぁ。
なかなか見せてもらえないのか ―

それなら、 「月の庭」 も見てみようかという気になった。
先日は 北野天満宮の 「花の庭」 に行っていることだし ・・・
ちょうどきょうは好天気。

月の庭
緑の庭を飽かず眺める訪問者

ところで、この庭を なんで 「月の庭」 と呼ぶのか

上記の新聞記事には 『池に映る月を眺めることから名付けられた』 と書いてある。
庭はこちらの建物(書院)の北側にある。
月は見えないし ・・・
尤も 庭に出て南の方角を見れば月が見えないことはなさそだが、建物が邪魔だろ。
おかしいなぁ。

それで、お寺の方に聞いてみたら 『月の明かりでこの庭を見るのです』 と即答。
なるほど。
まぁ昔は、(庭の作られた江戸時代は) 夜は明かりがなければ漆黒の闇だ。
でも、満月あるいはその前後なら月明かりもけっこう明るかったろう。
しかし、月明かりで庭の何を見るというのか。
むむー、これも正解ではなさそだ。

結局のところ、雪月花と三拍子そろって縁起がいいから名づけた ― という単純な動機だけで、とくに意味はなさそだ。

いまは新緑のまぶしい時期だから、明るい庭は美しい。
「月の庭」 ならぬ 「新緑の庭」 だ。
とり立てて趣向を凝らした庭とは言い難いが、この庭には珍しいものが配されている。

烏帽子岩 ― つるつるした岩だがなるほど烏帽子の恰好をして珍しい石だ。
手毬燈籠 ― 火袋が手毬のようにまんまるで変っていて珍しい。
三角燈籠 ― 「竿」(さお)の部分が三角柱で、これは珍品だ。

そして極めつきは
誰が袖手水鉢 ― 細長い手水鉢に面白い形、上記の新聞記事には 「袖の形に見える」 とある。袖の形らしき水溜りは実にユニーク。これも珍品だ。

誰が袖
誰が袖手水鉢 ( 清水寺-御朱印.jinja-tera-gosyuin-meguri.com から)

この風変わりな手水鉢は、案内書に 「豊臣秀吉の寄進と伝える」 とある。
青蓮院の 一文字手水鉢 も風変わりな手水鉢で、こちらも 「豊臣秀吉の寄進」 という。
事実とすれば豊臣秀吉はなかなかの数寄者ではないか。

珍品といえば、この建物(書院)の室内と縁側を仕切る戸はすべてガラス戸だが、波打って見える昔のガラスだ。
尤も、明治か大正か、いずれにしても戦前のものだろうけど、江戸時代のもんじゃない。
とはいうものの、こんな大きな板ガラスは貴重だ。
お寺の方は 「西側の窓ガラスは、波は縦ですが、北側は波が横です」 と自慢げだった。

まぁ、そういった珍品を眺められたのが、本日の収穫だった。

2022.4.30


【過去の関連記事】 京都 雪月花の三庭園
雪の庭(2023.1.25) 雪の庭、命名の由来
月の庭(2022.4.30) なぜ月の庭と呼ぶか
花の庭(2022.3.4) 再興された 花の庭






空気を読んでほしい

2022.4.23

市バスに乗ったら結構混んでいた。(↓)
座れば、車内通路に多少のスペースができて、お互い楽なのに。

よく見る光景だ。
空気が読めないのだろうか。
・・・ と思うのは早合点のようだ。

市バス

座らない理由はさまざまあるようだ。

一番の理由は 〔若い人が〕 優先席を意識して立っている場合だ。
若者が優先席に座っていたら 『若者は座るべきじゃない』 と叱責されるのではないかと恐れているようにも思う。
それ以外にも、もうすぐ(例えば次のバス停で)降りるから、体の鍛錬のため座りたくない、などなど 〔座席に座らない〕理由はそれなりにあるだろう。

とはいうものの、一般論として、空気を読んでほしい、といいたい。
つまり、〔混んでいるバスの中では〕 車内のスペースを広くするよう配慮すべきだ。

いま、バスでは 『降車する場合はバスが停車するまで動かないよう』 しつこくアナウンスされている。
だから、後ろの方にいる降車客は、バスが停車してから混んだ通路をかき分けかき分け前の出口に急がねばならない。
つまり、通路は広く確保した方がよいのだ。
 
そのためには、いくら優先席であっても、若い人も積極的に座って車内の通路スペースを広くするよう配慮してほしい。
もし、近くに高齢者や身体不自由者、妊婦さんなどが来られたら席を譲ればいいんだから。

交通局側からは 「優先席を必要とする人を見かけたら席を譲るのは当然だけど、混んでいる車内では、例え若者であっても、空いた座席があれば積極的に座って車内空間を作るように配慮するのは 公共マナー です」 などと呼びかけたらどうだろうか。

2022.4.23






無理しなくてもいい

2022.4.18

定期検診のため某病院を訪ねた。
病院に行って まず行くのは「再来受付機」だが、そこに大きなサインボードがあった。
そのサインボードの出来が醜いので気になった。

サインボード
なんと醜いことか

えっ、 何が醜いって?
フォントが不統一でしょ?
ゴシックと明朝が混じっている。

サインボード
ゴシックと明朝が混じる

パソコンでしばしば文書を作成する私にとって、これはまずあり得ないことだ !!

しかし、フォントが不統一になった理由は簡単だ。
これは中国語(大陸)なので、あちらで使われている「簡字体」は日本語のフォントセットにないのだ。
(中国語のフォントセットなら、このような現象は起こらなかったと思うが)

思うに、こんな無理して中国語にする必要がどこにあるのか。

そこで、このサインボードは誰を対象としているのか考えてみた。
A. 中国人旅行者?
B. 中国人で、日本に長期間滞在している人?
C. 日本に帰化した中国人?

B. やC. なら、日本語で充分だろう。
それなら、対象はA. か。

いまや英語は 〔アメリカやイギリスの国語の地位を脱し〕 世界語である。
中国人だって英語を解する。
中国の田舎に生れて以来ずっと住み、外国など行ったことない人なら、中国語しか通じないかもわからないが、いやしくも日本に旅行しようとする人なら英語がわからないハズがない。

そんなに 無理しなくていい と思う。
簡字体中国語のサインボードを作る必要はどこにあるのだろう。
英語のサインボードもあることだし。(もちろん、言うまでもなく日本語のサインボードもある)

サインボード
英語もちゃんとある

視点を変えて考えてみる。
上述で、このサインボードはA. の人、つまり中国からの旅行者向けだろうと推論した。

そもそも、このコロナ蔓延のときに 中国からの旅行者っているのか?
仮にいたとして、彼らはこんな病院に来るのか?
無理してまで 中国語の醜いサインボードを作る必要はなかろう。〔恐らく無理して作ったのだろう
じゃぁ 何のためこの中国語のサインボードを作ったのか。
わからん

院内で待合の時間にぼーっとして考えた。

【お断り】 この文章は中国人および中国語を 差別または卑下したものではない ことを、誤解を招かないために強調しておきます。(しょうちゃん)

2022.4.18
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追記 2022.5.1

ついでに、京都市バスの車内にある、「次のバス停」の表示板も同様のことを指摘しておきたい。

ここでは、日本語のほか、中国語と韓国語も表示される。
数年前、コロナ以前に外人観光客が京都に押し寄せたことがあった。
そのときに設置されたものかと思われるが、・・・・・

市バス
中国語と韓国語表示があるが、これは要らんだろう

中国人でも韓国人でも、日本に旅行しようとするような人は英語を解せないはずはないので、英語表示だけで充分だろう。
中国語と韓国語表示は要らんだろう、ということだ。

(最初から設置しなければ経費節減になっただろうが、いまから廃止するとなるとまた経費がかさむ。それが悩ましいところだ。)

市バス
もちろん英語表示もある

余談だが、この 「Kamigyoku Sogochosha-mae」 は秀逸だと思う。
まぁ、英語にするなら Kamigyo Ward Municipal Office とか、Municipal General Office とかになるんだろうけど、どうせ”意訳”となってしまう。
それならいっそ Kamigyoku Sogochosha で充分だ。(翻訳者の ”手抜き” ではない !

なお、前 (mae) は敢えて訳すことはないだろう。
シンプル イズ ベター だ。

更に、私の個人的考えでは、 Kamigyoku Sogochosha では 〔非日本人にとっては〕 〔日本人にとっても〕 実に読みにくいと思う。
→ だから Kami-gyo-ku Sogo-cho-sha というように ハイフン (-) を使えば、読みやすく(発音しやすく)なるだろう。

同様の趣旨は こちら (2016.12.16) でも提案したことがある。

2022.5.1








みなみまちで考える

2022.4.2

親戚で不幸があり、葬式のため広島へ行った。
Eメールの会場案内で 『葬儀会場は「皆実町二丁目」下車スグ』 と書いてあったので、広島駅前から広島電鉄で行くことにした。

困ったのは 「皆実町」 をなんと読むのか。
「かいじつちょう?」、「みなみちょう?」、はたまた ・・・ ?
広島駅前で、どの電車に乗ったらいいのか人に聞くにも、読み方がわからなければ聞くこともできない。

結局、⑤号線に乗ればいいことがわかり、目的地に向かった。
車内の 「次は みなみまち にちょうめ」 というアナウンスで、「みなみまち」 とわかった。

町名
広島電鉄 皆実線 「皆実町二丁目」 駅

そうか、「みなみまち」 だったのか。

場所は 「南区皆実町(みなみまち)」 だという。 へぇー、みなみ(・・・)みなみ(・・・)まちか ・・・
南区より 皆実町(みなみまち)の方が古い地名だろう。
皆実町(みなみまち)が南区に割り振られたからいいけど、北区だったら「北区皆実町(みなみまち)」になっただろう。
すると、「南区」・「皆実町(みなみまち)」 は偶然の一致か。(笑)
皆実町が南区でよかったなぁ。

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ところで、家内の実家は徳島県阿南市だが、近くに 日和佐 といういい名前の港町がある。
私は 日和佐 に慣れ親しんでいたが、最近、といってももう10年以上前だが、突然※ 「美波町(みなみちょう)」に変わったことがあった。
〔※ 私には突然でも、地元にしてみたら 時間をかけて熟慮した末だったろう〕

港町だから 美しい波。地名のいわゆる「美称」というやつだ。
横浜市「緑区」など、全国各地に見られる。
伝統を無視した命名なので 私には抵抗があるが、複数の町や村がひとつになるとき、みんなの(かお)を立てようとすれば結局こうなってしまうのだろう。

葬儀のとき、そんなことをぼーっと考えていた。

2022.4.2







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shochan31

Author:shochan31
名前が しょうじ なので障子が背景となっている。ペンネームはアルファベットで shochan(しょうじの愛称)だが数字 31 の由来は不明だ。

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