迷路の京都

2015.3.7

私は2年前から京都市に住んでいるが、よく言われるように、市内の道路は『碁盤の目』のようになっているのでわかり易いと思っていた。
しかし、ウチの近く、平安京の北の端、一条通より北には細い道路が入り組んでいるので、それらが迷路のようになっていて極めてわかりにくい。
最近は、京都の地理ってほんとに難しいなぁと思うようになってきた。

従来、大きな区画に大きなお屋敷があったのが、人口増に対処するため、その区画の中に新たに道路を渡し、その道路に沿ってたくさんウチを作れるようにした。
そのように、従来の道路と道路の間を渡るように作った新しい(細い)道路を『ずし』と呼ぶ。
漢字では『辻子』と書く。

きょうは地元の団体主催で、そういった『迷路』(=辻子(ずし))を歩くウオーキングツアーがあった。
私も近くに住んでいる関係で、頼まれてツアーガイドをやった。
近くに住んでいてもそんな迷路みたいなところは通りもしないし、よく知らなかった。
先日1回だけ下見に歩いてみたが、きょうはぶっつけ本番だった。

辻子めぐり
迷ガイドが迷路を迷いながら案内
ここは富田辻子。16世紀末頃、富田一白という武将のお屋敷があったのが辻子の名前の由来だという

先日の下見でわかったが、そういった細い迷路のような道路でも、ほとんどは『ナニナニ辻子(ずし)』と名前がついている。
名前の由来がわかっているものもあれば、由来にいくつか説があったりするものもあるし、中には由来すらわからない辻子(ずし)もある。
それらひとつずつ訪ねながら歩いた。

ガイドの私も途中で道を間違えた。
まぁ、にわか仕込みのガイドだから仕方ないけど・・・

1時間半ほどのコースだったが、辻子(ずし)の由来などを読んでいると、京都の歴史って奥が深いなぁと思った。
ただ、関心のない人にとってはどーでもいいことだし、辻子の名前を知らなくったって生活に何ら支障はない。
もう、こうなると『マニアック』の世界だ。

2015.3.7












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名前が しょうじ なので障子が背景となっている。ペンネームはアルファベットで shochan(しょうじの愛称)だが数字 31 の由来は不明だ。

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