富士山見えた

2012.7.16

私の住んでいる埼玉東部からでも富士山は冬ならよく見える。
冬,天気がいいと朝の通勤のとき伊勢崎線の車窓から雪をいただいた富士山,夕方はシルエットの富士山が見えることがある。
でも夏場は非常に珍しいと思う。

けさ8時頃新見沼大橋バイパス(越谷市と浦和区をむすぶ)を通ったときに正面に見えた。カメラを持ち合わせていなかったのでケータイ電話のカメラで片手運転で急いで撮ったのであまりうまく撮れてないが,道路真正面のやや右に見えるのが富士山だ。
(カメラのレンズが広角なので遠くのものはかなり小さく写る)

富士山見えた
富士山が見えるとなぜかうれしくなる

残雪が数本の白い縦線で見られた程度なので,雪をいただいた冬姿と比べると神々しさが少し足りない気がする。
でもうれしかった。

江戸時代以前,この辺りは利根川と荒川が数年おきに流路を変える二大河川の氾濫原だったろう。
江戸時代になって利根川を銚子方面に流し,荒川を整備して一面田んぼの穀倉地帯となった。
従って山がなくて殺風景だったが見晴らしはよかったはずだ。
南西に富士山,西に秩父連山,北に日光連山,北東に筑波山。
特に富士山と筑波山は独立峰なので目立っただろう。
江戸(いまの東京)には「富士見坂」「富士見町」という地名がいまも数多く残っている。
富士見は「不死身」に通じるので縁起がいいとされたらしい。
豊臣秀吉が京都伏見に伏見城を築いたのも伏見が「不死身」に通じるからだと聞いたことがある。

富士山は形がいいうえに縁起もいい,ありがたい存在だ。
進駐軍は日本の象徴をフジヤマ・ゲイシャと呼んで親しんだ。
古橋が優勝したとき 【注】 彼はフジヤマのトビウオといわれたが,最近ではナデシコジャパンにサムライジャパンだ。フジヤマもあまり大事にされなくなってきたのか。淋しい。
【注】 終戦直後の1949年(昭和24年)アメリカ・ロサンゼルスの全米水上選手権大会で日本人の古橋広之進が1500メートル自由型で世界新記録をだして優勝した。

2012.7.16













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名前が しょうじ なので障子が背景となっている。ペンネームはアルファベットで shochan(しょうじの愛称)だが数字 31 の由来は不明だ。

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