小田原探訪

2015.11.19

きょうは箱根の強羅(ごうら)に所用があったので、小田原で乗り継いだ。
少し時間の余裕があったので、小田原観光を試みた。
小田原は何度も通過しているが、市内を歩くのは生まれて初めてだった。

まずは駅から歩いて小田原城へ。
本丸へは常盤木(ときわぎ)門から入る。

常盤木門
常盤木門から入る

ところが天守はいま耐震工事中で足場が組まれてシートで覆われていた。
お城のシンボルである天守閣が見られないのは残念だが、これは1960年(昭和35年)にコンクリートで作られたレプリカだ と聞いて、まぁ仕方ないやと自分に言い聞かせた。

天守閣は耐震工事中だった
本丸広場

駅で貰ったパンフレットに 「人車鉄道 小田原駅跡」 というのがあった。
「人車鉄道」って初めて聞く鉄道なので 興味をそそられた。
それで、そちらまで足を延ばした。
明治29年に小田原~熱海間を走った鉄道だという。

当時の東海道線は国府津(こうず)から内陸に入って箱根の山を迂回し、御殿場、沼津というルートを取った。
1934年(昭和9年)に丹那トンネルが開通するまでは、湯河原、熱海といった保養地に行く鉄道がなかったのだ。
蒸気機関車が引く代わりに人が客車を押すというアイデアだ。
それで 「人車鉄道」 というのだが、このアイデアは 『世界でも珍しい鉄道だ』 とパンフレットに書いてある。

正式には「豆相(ずそう)人車鉄道」といったらしい。
「豆」 は伊豆(いず)で、熱海。 「相」 は相模(さがみ)で、小田原。
なるほど。納得。

でも、なぜ国府津から、としなかったのだろう。
東京から熱海へ行くのに不便だったろうな、と思った。

人車鉄道・軽便鉄道 小田原駅跡
人車鉄道・軽便鉄道 小田原駅跡

また、パンフレットには 『坂道にさしかかると乗客も降りて車夫と一緒に客車を押した』 というエピソードが紹介されていた。
まぁ、昔はそんな光景もあったのだろう。

小田原駅跡近くには そんな資料を展示しているお店があったので ちょっと立ち寄ってみた。

人車鉄道展示館
展示館

もうひとつ、小田原から熱海に向かって約4キロほど行ったところを片浦海岸というらしいが、パンフレットには、昭和初期に来日したブルーノ・タウトは 「ここは日本のリビエラだ」 と激賞したとも書いてあった。
へぇー、桂離宮だけじゃ なかったんだ。

「人車鉄道」 はその後明治41年に 「軽便鉄道」 (多分蒸気機関車が引っ張った) となったので、14年間の命だったことになる。

「小田原駅跡」 と言っても石碑があるだけなので、ここは適当に切り上げ、石垣山一夜城跡に向かった。
秀吉が小田原城を攻めたときの前線基地だ。

駅で貰ったパンフレットには、徒歩で上り約50分とあったが、もう余り時間の余裕がないので、タクシーを呼んだ。
運転手さんには駐車場で待っていてもらって、城址に駆け上った。

一夜城歴史公園へ
一夜城歴史公園へ

付近には 「石垣」 に使われていたであろう石の塊が散乱していたが、意外に少なかった。
関東大震災でほとんど崩れたという。
ちなみに、さきほど触れた 「人車鉄道(軽便鉄道)」 も関東大震災で軌道が寸断され、復旧が断念されたという。
関東大震災のスゴさに改めて思いをめぐらした。

石が意外に少ない
城址へ登る道には崩れた石の塊が

さて、小田原城下が見渡せる場所を求めて、とにかく天守台跡まで行ってみた。

天守台跡
天守台跡へ駆け上る

しかし視界がよくない。
出会った人に聞いてみたら、その先に見晴らしの利く場所があるという。

うーん、なるほどここからだと小田原の町がよく見える。
秀吉は家康と小田原城に向かって つれしょん をしながら 「この(いくさ)に勝てば、関東はお主にやろう」 と言った場所はここかな?

小田原方面展望
小田原城を見下ろす
上の写真の小田原方面を拡大すると ↓
小田原方面展望

この前線基地には大阪城から黄金の茶室を運んで来たり、淀君を呼んだり、戦場とは思えないふるまいだ。
そういう点では秀吉は超人だった。
晩年、二男(ひろ)い(秀頼)が生まれてから狂人になってしまったのが(まこと)に惜しい。

待たせてあったタクシーで入生田(いりうだ)へ降りた。

2015.11.19





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