長~い嘆息

2017.1.26

きょうの夕刊紙面にわりかた大きく 『対馬仏像 日本に返さず』 という記事が出ていた。

2013年3月16日の新聞記事その記事を見て、昔の記憶がよみがえった。
以前、2013年3月16日に、このブログで書いたことのある事件の続きだった。
右は当時の新聞記事。

ことの経緯はこうだ ―

◆ 2012年、長崎県対馬の観音寺というお寺から観世音菩薩像(長崎県の指定文化財)が盗まれた。
◆ やがて盗んだのは韓国人とわかり、実行犯は韓国で有罪判決が下った。
◆ にもかかわらず、韓国の浮石寺というお寺が 『もともと我らが所有していた』 と言いだし、回収された仏像を返そうとしなかった。
◆ その上、その浮石寺の僧侶が 『観音寺と友好関係を作りたい』 として 手ぶらで 観音寺を訪れた。(2013年3月14日)

浮石寺の僧侶が観音寺を訪れたときのことを報じたのが、この記事だった。
その記事を見た私はとても後味が悪かったのである。
詳しくは、右上の新聞記事をクリックしてください。

浮石寺の僧侶は 「日韓関係を悪化したくない」「(仏像を返してほしいという)世俗的な欲はすててほしい」 と、問題を完全にすり替えている。全くもって ずるい としか言いようがない。
「世俗的な欲はすててほしい」 というせりふはそのままのしをつけてあちらに返してやりたい。

と 私はそのときのブログに書いたのだった。

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さて、きょうの夕刊紙面、 『対馬仏像 日本に返さず』 という記事はこれ。

©日本経済新聞 2017.1.26 夕刊 p.14
©日本経済新聞 2017.1.26 夕刊 p.14

対馬の仏像を盗んだ韓国人の実行犯はすでに韓国で刑事罰が下されているのである。
にもかかわらず、韓国の裁判所は26日、仏像の所有権は韓国の浮石寺にあるとの判決を下した、というのがきょうの記事の趣旨である。

ええっ !?    そ、そんなことって あるのかっ

韓国では 李氏朝鮮時代(1392年~)に儒教が国教となり、仏教は徹底的に弾圧された。
その法難をのがれるため、仏像が日本(対馬)にきたようだ。
請来当時の記録は残っていないらしいが、李氏朝鮮時代の仏教弾圧はレッキとした史実であり、可能性は非常に高い。
だとすれば、日本のお寺に安置されていたからこそ仏像は無事だったわけで、韓国はむしろ日本のお寺に感謝するのが筋だろう。

明治の初め、わが国でも廃仏(はいぶつ)毀釈(きしゃく)の嵐が吹き荒れ、寺院から多くの仏像や宗教美術品が放出されたことがあった。アメリカのアーネスト・フェノロサはそれらを収集して、その価値を世界的に高めたのである。日本人はフェノロサに感謝こそすれ、買い漁ったことの非難は全く聞かれない。(と思う)

記事を読むと、こんどの判決は、浮石寺が 「仏像は数百年前に日本の倭寇(わこう)に略奪されたものだ」 と主張し、韓国の裁判所がそれを認めた、というのだ。
へぇー、倭寇か。
その証拠も全然ないらしい。
自分の有利になるようなウソの話をねつ造するのは、彼らのお家芸だとは彼ら自身も認めている。
それはウリジナルを見ればよくわかる。
百歩譲って、弾圧をさけての避難も倭寇による略奪も立証されないなら、窃盗事件は有罪なのだから、まずは仏像を元に返すべきだ。

人のものを盗んで、それがまかり通る。
まったく狂った裁判だ。

隣り合う両国の友好関係を願う私だが、こういった理性を欠いた判決を聞くにつけ、私は 長~い嘆息 をつくばかりだった。

2017.1.26










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名前が しょうじ なので障子が背景となっている。ペンネームはアルファベットで shochan(しょうじの愛称)だが数字 31 の由来は不明だ。

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