名樹散椿を見る

2023.3.23

所用の帰りみち、椿寺(つばきでら)の前を通る機会があった。
このお寺は正式名は 『地蔵院』 というが、境内に有名な椿の木があるので、椿寺という愛称(俗称)で通っている。

話は飛ぶが、速水御舟に 「名樹散椿」 という絵がある。
私は以前からこの絵が気に入っていて、最近では zoom でインターネットミーティングするときの背景画像に使わせてもらっている。

名樹散椿
速水御舟 『名樹散椿』 1929年 山種美術館蔵 (重要文化財)

その椿はこのお寺の椿を描いたものだと聞いており、これまで何度か境内を訪れたことがあるが、いずれも咲いてない頃だった。
いまなら咲いている頃だろうなと思って、立ち寄ってみた。

椿寺
『散り椿 見頃』 の掲示

『見ごろ』 なのに、あいにく雨のためか 境内にはひとりしかいない。

椿寺

これが椿の木だが、いままさに満開だ。

椿寺

木の下は散った花びらでいっぱいだ。

椿寺
『五色 八重 散り椿』

入口の掲示もこの立て札も 『散り椿』 と書かれているので、この椿は、咲いている椿を見るのではなく散ったのが見もの(・・・)らしい。

また、私はきょうまで、あの名画の題名は 「めいじゅ さんちん」 と思いこんでいたが、どうやら 「めいじゅ ちりつばき」 と読むらしい。
きょう初めて気がついた。
ん-、永らく 「めいじゅ さんちん」 と思っていたので 「めいじゅ ちりつばき」 では落ち着かないが、まぁ、仕方ないや。

椿寺

五色とはいかないが、紅白の色とりどりで、なかなかのものだ。
『名樹』 の名にふさわしい。

椿寺

門を出ると 「豐公愛樹五色八重散椿 此寺にあり」 との石柱があった。

椿寺

「豐公」 とは豊臣秀吉のことだ。
右に立つ駒札には 「北野大茶湯の縁により秀吉から当寺に寄進された(といわれる)」 とある。
この説明だけでは、どういう経緯(いきさつ)があったのかわからないが、秀吉が好んだ椿らしい。
(※ 但し同駒札には 「(寄進された木は)惜しくも枯死し、現在は樹齢120年の二世」 ともある)
派手好みの秀吉らしいな、との想像に難くない。

また話は飛ぶが、龍安寺には 「豊太閤朝鮮伝来 日本最古 侘助椿」 といいうのがある。

侘助椿
『日本最古 侘助椿 豊太閤朝鮮伝来』 (2020年2月28日撮影)

桃山時代に「侘助」という人が朝鮮から持ち帰ったことから名づけられたとのことで、何事にも派手好みの豊臣秀吉も賞賛したと伝えられる。
同じ秀吉でも こちらは 「派手」 の対極にある 「詫び」 というのも面白い。

きょうは、いつかは咲いているのを見てみたいと思っていた 椿寺 の椿を見たらそれは思いこんでいた 『散椿(さんちん)』 ではなく 『散り椿(ちりつばき)』 だったとの巻。(笑)

2023.3.23









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